高知地方裁判所 昭和58年(ワ)44号 判決 1992年3月23日
原告
株式会社入船
右代表者代表取締役
長﨑功祐
右訴訟代理人弁護士
松本博
同
澤本幸一
同
芹田幸子
同
小野昌延
右松本博輔佐人弁理士
佐藤英昭
被告
株式会社サニーフーヅ
右代表者代表取締役
中村雄一
右訴訟代理人弁護士
中嶋邦明
同
谷口宗義
同
秀平吉朗
右中嶋邦明訴訟復代理人弁護士
長谷川彰
同
若松陽子
同
柳村幸宏
同
増田勝久
右中嶋邦明輔佐人弁理士
鎌田文二
同
東尾正博
同
鳥居和久
主文
一 被告は、その店舗店頭の正面看板、同店舗の袖看板、同店舗店頭の立看板、同店舗内の看板、その他の広告宣伝用看板、同店舗の壁面、その使用する車両に別紙第三目録記載の(ア)及び(ウ)の各標章を使用してはならない。
二 被告は、その加盟店をして、その店舗店頭の正面看板、同店舗の袖看板、同店舗店頭の立看板、同店舗内の看板、その他の広告宣伝用看板、同店舗の壁面、その使用する車両に前項の各標章を使用させてはならない。
三 被告は、別紙被告店舗一覧表(一)記載の各店舗の第一項記載の箇所及びその使用する車両に使用している第一項の各標章を抹消せよ。
四 被告は、その加盟店をして、別紙被告店舗一覧表(二)記載の各店舗の第二項記載の箇所及びその使用する車両に使用されている第一項の各標章を抹消させよ。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、その店舗店頭の正面看板、同店舗の袖看板、同店舗店頭の立看板、同店舗内の看板、その他の広告宣伝用看板、同店舗の壁面、その使用する車両等に別紙第二ないし第四目録記載の各標章を使用してはならない。
2 被告は、その加盟店をして、その店舗店頭の正面看板、同店舗の袖看板、同店舗店頭の立看板、同店舗内の看板、その他の広告宣伝用看板、同店舗の壁面、その使用する車両等に右各標章を使用させてはならない。
3 被告は、別紙被告店舗一覧表(一)記載の各店舗店頭の正面看板、同店舗の袖看板、同店舗店頭の立看板、同店舗内の看板、その他の広告宣伝用看板、同店舗の壁面、その使用する車両等に使用している右各標章を抹消せよ。
4 被告は、その加盟店をして、別紙被告店舗一覧表(二)記載の各店舗店頭の正面看板、同店舗の袖看板、同店舗店頭の立看板、同店舗内の看板、その他の広告宣伝用看板、同店舗の壁面、その使用する車両等に使用されている右各標章を抹消させよ。
5 被告は、原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は被告の負担とする。
7 第5項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の商標権
原告は、別紙第一目録記載の商標(以下「本件商標」という。)について、次の商標権(以下「本件商標権」という。)を有している。
登録番号 第〇五〇五八九一号
出願 昭和三一年一〇月二九日
出願公告 昭和三二年三月一四日
指定商品 旧第四五類 他類に属しない食料品及び加味品
登録 昭和三二年七月二五日
更新登録 昭和五二年一〇月三日、昭和六二年一〇月一九日
2 被告の製造販売する商品及び被告の標章使用
(一) 被告は、持ち帰り品としての寿し(以下「本件商品」という。)の製造販売等を目的として昭和四七年五月一日設立された会社であって、直営及びフランチャイズ方式により本件商品の製造販売を行っている。
(二) 被告が製造販売する本件商品は、本件商標権の指定商品に属する。
(三) 被告は、その設立以来、被告が自ら本件商品を製造販売している店舗(別紙被告店舗一覧表(一)記載の各店舗)及び加盟店をして本件商品を製造販売させている店舗(別紙被告店舗一覧表(二)記載の各店舗。以下、直営店と加盟店を併せて「被告各店舗」という。)において、その店舗店頭の正面看板、同店舗の袖看板、同店舗店頭の立看板、同店舗内の看板、その他の広告宣伝用看板、同店舗の壁面、その使用する車両等に別紙第二目録記載の各標章(以下「被告標章1」という。)及び同第三目録記載の各標章(以下「被告標章2」という。)の一方又は双方を表示して使用し、あるいはこれらの文字標章と併せて同第四目録記載の図形標章(以下「被告標章3」という。また、被告標章1ないし3を併せて「被告各標章」という。)を使用している。
3 被告各標章の商標としての使用
右2(三)の被告各標章の使用は、自他商品の識別標識たる商標としての使用であり、商標法二条三項三号に該当する。
(一) 被告各標章は、その使用態様からみて、本件商品との具体的関係において、これを表示する標識として使用されている。
(1) 被告各店舗の店頭の広告用看板等には被告各標章が表示されており、その被告各店舗で扱っている主たる商品は本件商品である。そして、右表示の下部又は店内には寿しの図柄や定価表が表示され、店舗の街路に面した箇所に本件商品が陳列されている。このような店舗全体の状況にかんがみると、これを観察する顧客は、被告各標章が「小僧寿し」という本件商品を表示しているとの認識を抱くと考えられる。
(2) 被告各店舗に表示されている被告標章1及び2は、本件商品の図柄写真及びその価格又は定価表の上部、下部又はこれと並んだ位置に表示され、本件商品との具体的関係において使用されている。また、右の図柄等が表示されていなくても、寿しを購入した顧客が再びその寿しを購入する際、寿しのおいしさといった名声、評判等のグッドウィルが化体された被告各標章1及び2を見て安心して購入することもあるので、被告各標章1及び2の表示は、業務上の信用が化体された文字の表示として、本件商品との具体的関係における商標の使用であるとみることができる。
(3) 被告標章3のような図形標章は、商号や店名とはなり得ないし、その販売している商品からみてサービスマークでもないから、商標というべきであるところ、被告は、被告各店舗において、ほぼ共通して、被告標章3と並べて被告標章1又は2を使用しているので、被告標章1及び2の使用は商標としての使用である。
(二) 被告各標章は、被告の主観的意図、業界における商標使用に関する客観的事実、一般需要者の認識のいずれの観点からみても、本件商品との具体的関係で使用されている。
(1) 持ち帰り寿し業界における「京樽」「すし萬」などの商標使用の事実及び同業界における数十年来の商人の経験等に徴すると、看板等に被告各標章を表示することは、自己の商品と他の業者の商品とを識別しようとする意図から出たものと判断せざるを得ないから、被告の主観的意図からみて、被告各標章は商標として使用されているというべきである。
(2) 一般的に、小売店の店頭看板には商標が表示されることが少なくない。たとえば、電気店では「SONY」「ナショナルパナカラー」「日立」「シャープ」など、酒店では「清酒月桂冠」「清酒黄桜」など、持ち帰り寿し販売店では「京樽」「すし萬」「しのだ寿し」などの各商標がそれぞれ店頭看板に表示されている。このような各業界における商標使用に関する客観的事実からみても、被告各店舗の店頭看板に表示された被告各標章は、本件商品との具体的関係で商標として使用されているということができる。
(3) 右のような商標使用に関する客観的事実があり、持ち帰り寿し業界においても商標が店頭看板に表示されて使用され、全国的にその使用例がおびただしい数に上っているので、このような事実を常時観察している一般需要者は、店頭看板には商標が表示されていると認識するものである。そして、被告各店舗の店頭では、被告標章1又は2と並んで被告標章3が表示され、更にこれと並んで本件商品の図柄又は定価表が店外から容易に観察できる箇所に表示されているのであるから、一般需要者は、容易に、被告各店舗の店頭看板に表示された被告各標章が本件商品の商標であると認識するというべきである。
(三) 被告各店舗の中には、看板の表示が「全国チェーン小僧寿し○○店」というように「小僧寿し」の文字に「全国チェーン」や「○○店」の文字を並記したものになっている店舗もあるが、そのような店舗は僅かであるし、右のように並記されていることによって被告標章1及び2が営業表示としての意味を持つことがあるとしても、「全国チェーン」や「○○店」の文字は極めて小さな付け足し程度に表示されているに過ぎない反面、「小僧」なる標章はできる限り人目を引き付けるように特筆大書されているので、その表示態様からして、同時に商品識別標識としての意味をも有していることは否定できない。
4 被告各標章と本件商標との類似性
被告各標章と本件商標の外観、称呼、観念を全体として比較考察すると、被告各標章は、一般需要者によって本件商標と混同誤認されるおそれがあるから、本件商標と類似するものである。
(一) 被告標章1は、「小僧寿し」の「寿し」の部分は商品の普通名称であって、その要部は「小僧」の部分であるから、本件商標と称呼、観念が同一であり、外観も類似する。
すなわち、「寿し」は日本人に伝統的な食品として親しまれている寿しを意味する言葉であり、被告各店舗では本件商品が販売されているのであるから、一般需要者は、被告各店舗の「小僧寿し」の表示のうち「寿し」の部分を商品の普通名称である「寿し」を意味するものと理解し、「小僧」の部分で他の業者の商品と識別しているとみるのが自然であるから、「小僧」の部分にこそ自他商品識別機能が認められるのである。したがって、被告標章1は、本件商標と同様、「コゾウ」の称呼を生じ、「幼年の僧、商店に使役される少年」の観念を生ずる。また、被告標章1と本件商標の外観を対比すると、いずれも字体がゴシック体であり、書体に若干の相違があるに過ぎないから、両者は外観も酷似しており、一般需要者の識別を誤らせるおそれが十分にある。
(二) 被告標章2は、被告標章1をローマ字により表示したものであり、「コゾウ」「コゾウズシ」「コゾウスシ」と音読されるから、右(一)と同様、「KOZO」が要部であり、本件商標と称呼、観念のいずれにおいても同一である。
(三) 被告標章3は、小僧が前垂れを締めて下駄を履きお辞儀をしている状態を示した図柄であり、その図柄からみて小僧(幼年の僧、商店に使役される少年)という観念、称呼を生じさせるだけでなく、多くの場合被告標章1又は2と並記して使用されているので、その使用態様に照らしても小僧の観念、称呼を生じさせるものであり、したがって、本件商標と観念、称呼のいずれにおいても同一又は類似である。
5 被告の損害賠償責任
被告は、被告各標章の使用が本件商標権を侵害することを知り、又は過失によりこれを知らないで、遅くとも昭和四七年ころから被告各標章の使用を継続しているので、右侵害行為により原告が被った損害を賠償すべき責任がある。
6 原告の損害
原告は、被告による本件商標権の侵害行為により、次の損害を被った。
(一) 被告の売上額
被告が、昭和五五年から昭和五七年までの三年間に被告各店舗で被告各標章を使用して本件商品を販売したことによる売上額は、直営店におけるものに限っても、合計三二億四〇〇〇万円(一か月平均九〇〇〇万円)を下らない。
(二) 商標法三八条一項
寿しや米飯のフランチャイズシステムでは、通常、フランチャイザーはフランチャイジーから売上高の三パーセントのロイヤルティーを得ていることを考慮すると、被告の得た利益の額は、少なくとも右売上額の三パーセント、すなわち九七二〇万円であり、この額が原告の被った損害の額であると推定される。
(三) 同条二項
原告は、少なくとも本件商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害を被ったが、その通常受けるべき使用料の額は、右売上額の三パーセントとするのが相当であるから、右使用料相当額は少なくとも九七二〇万円である。仮に右使用料の額が右売上額の0.7パーセントとするのが相当であるとしても、右使用料相当額は二二六八万円となる。
7 和解契約の締結
(一) 原告と株式会社小僧寿し本部(以下「小僧寿し本部」という。)は、昭和五三年二月一七日、本件商標の使用を巡る紛争につき、同年一月三一日付和解証書(以下「本件和解証書」という。)をもって和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結したが、その文面は次のとおりである。
(1) 小僧寿し本部の営業行為中に、原告の所有する「小僧」商標権侵害の疑いある事実が、昭和五二年三月原告より小僧寿し本部に対する申入れにより判明、小僧寿し本部はこれを了とし、遅滞なくその標章を除去することを約束した。
(2) 小僧寿し本部は、昭和五三年四月末日を以て、前項約定事項の実施を完了し、昭和五三年五月以降は、これを商標としては、一切使用しないことを確認し、原告はこれを了承した。
(3) 昭和五二年三月、原告が小僧寿し本部に対し、商標誤用の停止を申し入れてより、除去に至る迄(昭和五三年四月末日)の商標無断使用の代償として、小僧寿し本部は原告に対し、金五〇〇万円也を支払う。
(4) 小僧寿し本部は登記した「株式会社小僧寿し本部」なる商号を、原告は登録した「小僧」なる商標を、それぞれ適法に本来の用法に従い、妥当に使用するものとする。
(二) 本件和解契約の趣旨は、次のとおりである。
小僧寿し本部は、本件和解契約により、小僧寿し本部及びその加盟店が使用していた「小僧寿し」なる標章の要部である「小僧」が本件商標権を侵害するものであることを認め、昭和五三年四月末日までに「小僧(コゾウ)」なる称呼、観念を生ずる標章を他の標章に変更し、同年五月以降は右標章を一切使用しないこと、すなわち、同年四月末日までに看板等から「小僧寿し」や「全国チェーン小僧寿し」の表示を除去して他の名称に変更し、同年五月以降は右表示を商標としては一切使用しないことを約した。したがって、小僧寿し本部は、「株式会社小僧寿し本部」なる文字を商号として使用することのみが許容され、その略称の使用は認められず、かつ、商標としての使用はもちろん、商標としての使用と疑われるような使用態様も認められない。
(三) 被告は、小僧寿し本部との間で締結したフランチャイズ契約に基づき、その加盟店として、小僧寿し本部から「小僧寿し」なる標章の使用を許諾されている。そうであれば、小僧寿し本部が本件和解契約により右標章の使用を認められず、これを看板等から除去すべき義務を負う以上、被告もこれと同様の義務を負うべきである。
8 結論
よって、原告は、被告に対し、商標法三六条又は本件和解契約に基づき、被告各標章の使用差止め及び抹消を求めると共に、本件商標権侵害による損害賠償請求権に基づき、損害金の内金六〇〇〇万円及びこれに対する侵害行為の後である昭和五八年二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3は争う。
被告は、被告標章1及び2を商標として使用しているのではなく、営業主体の表示として使用しているのである。
被告は、本件商品のフランチャイズシステムの総本部である小僧寿し本部との間でフランチャイズ契約を締結しており、小僧寿し本部及びその傘下の他の加盟店と共にフランチャイズシステムを構成し、「小僧寿しチェーン」という一種の団体ないし結合を作り上げ、社会的には小僧寿し本部の傘下に一つの独立した営業主体のように機能し、理解されている。そこで、被告は、被告各店舗において、「小僧寿し」のみを使用することはなく、「小僧寿しチェーン」の一員であることを示すため、必ず「全国チェーン」や「○○店」といった文字と一体として「全国チェーン小僧寿し○○店」と表示し、その営業主体が「小僧寿し」であることを表示している。したがって、被告標章1及び2は、フランチャイザーたる小僧寿し本部の商号の略称である上、「小僧寿しチェーン」、すなわち、小僧寿し本部及びその傘下の被告その他の加盟店とが一体をなす一つの企業グループ(営業主体)の名称として表示されているのである。
3 同4は争う。
商標の類否の判断は、商品の取引の実情において一般需要者の間で商品の出所につき混同誤認を生ずるおそれがあるかどうかによって決すべきであるところ、「小僧寿し」は、小僧寿し本部の商号の略称として著名であるだけでなく、「小僧寿しチェーン」という一つの企業グループを表示する名称としても著名であるから、「小僧寿し」の文字に接した一般需要者は、これを「小僧」と「寿し」に分離して「寿し」の文字が商品の普通名称を表示したに過ぎないものと理解することはなく、両部分が一体不可分に結合して全体として一つの著名な右商号の略称又は企業グループの名称を表示したものと理解するのが取引の実際である。また、原告は、おにぎりについて本件商標を使用したことがあるものの、寿しについては実績がなく、しかも、おにぎりと寿しとの間には実質的な差があることを併せ考えると、一般需要者が「小僧寿し」の扱う寿しを原告の商品であると理解して商品の出所を混同誤認するおそれはない。したがって、本件商標からは「コゾウ」(幼年の僧、商店に使役される少年)の称呼、観念が生ずるのに対し、被告各標章からは「コゾウズシ」の称呼が生じ、右商号の略称又は企業グループの名称の観念を生ずるのであるから、両者は、外観上相紛れるおそれがないだけでなく、称呼、観念においても著しく相違して相紛れるおそれがなく、全く類似しない。
4 同5は争う。
5 同6のうち、(一)の事実は認め、(二)及び(三)は争う。
6 同7のうち、(一)及び(三)前段の事実は認め、(二)及び(三)後段は争う。
本件和解契約締結当時小僧寿し本部やその加盟店が看板等に使用していた被告各標章は営業主体の表示であり、原告は、本件和解契約によって右看板等をその当時の現状のとおり使用することを肯定した。すなわち、本件和解契約は、昭和五二年三月以前に、小僧寿し本部が本件商標の使用であると誤解を受ける可能性のある用語の使用を原告から指摘されたことが発端となり、同年五月から両者間で交渉を重ねた結果として締結されたものであるが、その趣旨は、本件商標に類似する疑いのある標章を商標としては使用しないということであり、小僧寿し本部やその加盟店が営業主体の表示として看板等に使用していた被告各標章の使用を禁じるものではなく、右看板等における被告各標章の使用は、その当時の現状のとおり肯定されたものである。
三 抗弁
1 商標法二六条一項一号
被告は、被告各店舗において、自己の著名な名称である「小僧寿し」の文字を普通に用いられる方法で表示しているから、商標法二六条一項一号により、本件商標権の効力は被告標章1及び2には及ばない。
(一) 同号にいう名称やその著名な略称等は、一個人の名称等に限られず、グループ名をも包含するものであるところ、前記二2のとおり、「小僧寿し」は、小僧寿し本部の商号の略称であるほか、「小僧寿しチェーン」という一つの企業グループを表示する名称として、社会一般に知れ渡っており、極めて著名なものであるから、「小僧寿しチェーン」というグループ名の著名な略称ということができる。そして、被告は、フランチャイズシステムの総本部である小僧寿し本部から、「小僧寿しチェーン」の一員として「小僧寿し」の表示を使用することを許諾され、自己を表示する名称として被告標章1及び2を使用しているのである。
(二) 被告は、被告標章1及び2を特別な書体を用いるなどの特異な表現方法で表示しているものではなく、その営業主体を表示するものとして普通に用いられる方法で表示している。なお、営業主体の表示である商号や略称と図形標章を組み合わせて使用することは取引社会において一般的に行われていることであるから、被告標章1又は2と図形標章である被告標章3を並記したとしても、普通に用いられる方法における表示であるといえる。
2 商標権者からの使用許諾
(一) 被告標章3は、小僧寿し本部が商標権を有する登録商標(登録番号第一二四二三一五号)である。
(二) 被告標章3は、本件商標とは非類似の商標として登録を認められたものであるから、本件商標の禁止的効力は被告標章3の使用には及ばず、小僧寿し本部において自由に使用できるものである。
(三) 被告は、小僧寿し本部との間でフランチャイズ契約を締結しており、「小僧寿しチェーン」の一員として、フランチャイザーたる小僧寿し本部から、被告標章3を使用することの許諾を受けている。
3 本件和解契約
(一) 請求原因7(一)と同じ。
(二) 本件和解契約締結当時小僧寿し本部やその加盟店が看板等に使用していた被告各標章が、営業主体の表示としてだけでなく、同時に商標としての意味を持つとしても、原告は、本件和解契約によって、右のような被告各標章の使用を当時の現状のとおり肯定したものである。
(三) 被告は、小僧寿し本部との間でフランチャイズ契約を締結しており、「小僧寿しチェーン」の一員として、フランチャイザーたる小僧寿し本部から、被告標章1及び2を使用することの許諾を受けている。
4 専用使用権の設定
(一) 原告は、昭和五五年一二月一日、株式会社小僧寿しとの間で、本件商標権について、同会社のために、地域を日本全国、期間を存続期間満了まで、内容を他類に属しない食料品及び加味品とする範囲の専用使用権を設定する旨の契約を締結し、昭和五七年四月一二日、その旨登録した。
(二) 商標法三八条一項の規定は損害が発生していることを前提とし、同条二項の規定は商標権者が使用許諾をなし得る権利を有することを前提とするものであるが、本件商標権につき専用使用権を設定した原告には損害が発生していないし、使用許諾をなし得る権利はないから、右各規定はいずれも適用されない。
四 抗弁に対する認否及び反論
1 抗弁1は争う。
(一) 「小僧寿し」は、小僧寿し本部の商号の略称であって、被告の名称でもその著名な略称でもないから、商標法二六条一項一号による商標権の効力の制限は問題とならない。
また、同号は、氏名権の行使との調整のため商標権の効力を制限するものであって、「自己の名称」とは法人の名前を意味し、略称等については、これらは届出等の方法もなく、各人が自由に付け得るものであり、すべてを保護するのは行き過ぎであるため、著名なものに限定されているのである。そうであれば、法人格のない任意のグループを作り、これに名称を付した場合についても、この名称を氏名権として保護するのは右同様に行き過ぎであり、これによって商標権の効力が制限されるわけではない。したがって、同号にいう「自己の名称」は、小僧寿し本部とその傘下の加盟店で形成する「小僧寿しチェーン」といった企業グループの名称までを包含するものではないと解すべきである。
(二) 同号にいう「普通に用いられる方法」とは、商号等として普通一般に使用されていると認められることを要し、商標的に、すなわち自他商品識別標識として使用されておれば、これに該当しないというべきであるところ、被告は、被告標章1及び2を店舗の看板等の需要者の目に付く箇所に大書するなどして使用しており、その使用態様は商標としての使用に該当するから、「普通に用いられる方法」で表示したものとは到底いえない。
また、被告は、被告標章3の図柄自体からは「年少の男性」又は「見習中の男性」であるとの印象を生じないにもかかわらず、これに「小僧」の称呼、観念を付着させようと企図し、これを被告標章1又は2と並記して使用することにより、これに「商家で使われている年少の男子店員」との観念、ひいては「コゾウ」の称呼を付着させ、更に、はし袋、景品、サービスシールの貼付台紙、店頭の看板やウインドウ等に「子象」の図柄を使用して「コゾウ」の称呼、ひいては「小僧」の観念を生じさせたのであり、小僧寿し本部の商号の略称である「小僧寿し」の右のような使用態様は「普通に用いられる方法」といえない。
2 同2のうち、(一)及び(三)の事実は認め、(二)は争う。
3 同3のうち、(一)及び(三)の事実は認め、(二)は争う。
4 同4のうち、(一)の事実は認め、(二)は争う。
五 再抗弁
1 被告の不正競争の目的及び信義則違反
(一) 本件商標は、昭和三一年一〇月商標登録出願され、昭和三二年七月登録されたものであるのに対し、小僧寿し本部やその傘下の被告その他の加盟店が「小僧寿し」の標章を使用し始めたのは、早くても小僧寿し本部が設立された昭和四七年二月以後である。
(二) 仮に被告の「小僧寿し」の標章が著名であるとしても、それは被告が不正競争の目的をもって原告の本件商標を侵害する行為を重ねてきた結果である。すなわち、右(一)のほか、被告は、右四1(二)後段のとおり、被告標章3に「小僧(コゾウ)」の称呼及び観念を生じさせるため、被告標章1又は2を同3に並記して使用していること、本件和解契約において昭和五三年五月以降は「小僧寿し」の表示を商標としては一切使用しないことを約したにもかかわらず、これに違反し、たとえば、「小僧」と六回連呼した後、寿しを食べるシーンに合わせて「小僧寿し」の歌声を流すといったテレビコマーシャルを放映し、「小僧寿し」の表示を用いて本件商品の広告をしていることなどを併せ考えると、被告には不正競争の目的があったというべきである。
(三) また、右(一)のような場合にも商標法二六条一項一号が適用されるとすると、商標と商号が一致する場合には、商標権侵害を強行し、違法な侵害を集積すれば、その侵害が、ある時点から著名な名称として法的保護の対象に転化するという不当な結果を招来し、かつ、何らの対価、代償の支払いも要しないことになって、到底容認できるものではない。
(四) したがって、商標法二六条二項により同条一項一号の適用は排斥されるし、また、被告が抗弁1の主張をすることは信義則上許されない。
2 被告標章3の不正使用
被告は、図形標章である被告標章3を使用するに当たって、右四1(二)後段のとおり、被告標章1又は2を並記し、更に「子象」の図柄を併用することにより、被告標章3に「小僧(コゾウ)」の称呼及び観念を生じさせるという不正競争的な手段を用いたのであり、このような被告標章3の使用方法は、信義誠実に反する不正な使用として許されないものである。
六 再抗弁に対する認否及び反論
1 再抗弁1のうち、(一)の事実は認め、(二)ないし(四)は争う。
「小僧寿し」の標章が著名性を獲得したのは、小僧寿し本部がその傘下の被告その他の加盟店と共に、右標章をその営業主体の表示として、また一つの企業グループの名称として使用してきた結果であり、商標として使用したためではない。そして、右標章の著名性は、小僧寿し本部や被告の主観的意図とは関係なく、取引界における認識であり、客観的な事実である。
2 同2は争う。
今日の取引社会において文字標章と図形標章を並記して表示することは格別異例なことではないし、被告標章1又は2を並記したことによって被告標章3に生じた称呼、観念は「小僧(コゾウ)」ではなく「小僧寿し(コゾウズシ)」である。また、被告は、父親象、母親象及び子象二匹の図柄を使用することにより、楽しく仲の良い家族のイメージを連想させ、楽しい食事へと結び付けようとしたのであって、被告標章3に「小僧(コゾウ)」の称呼、観念を付着させようとしたわけではない。
第三 証拠関係<省略>
理由
第一商標権侵害に基づく請求について
一請求原因1の事実(原告の商標権)及び同2の事実(被告の製造販売する商品及び被告の標章使用)は、いずれも当事者間に争いがない。
二請求原因3(被告各標章の商標としての使用)について判断する。
1 まず、被告各標章の具体的な使用の経緯、態様を概観する。
(一) 昭和五二年ころから昭和五八年までの被告各標章の使用状況につき、いずれも被写体について争いがなく、<書証番号略>、証人林篤爾、同山木益次及び同河合誠三の各証言によると、次の事実が認められる。
(1) 被告使用車両について
高知第一地区本部の車両には、車体の側面及び後部に被告標章1(エ)又は(オ)を表示し、「小僧」と「寿し」の間に被告標章3を配し、小さな文字で「全国チェーン」及び「高知第一地区本部」と併記し、その下部に「(株)サニーフーヅ」と表記し、また、高知第四地区本部の車両には、車体の側面及び後部に被告標章1(エ)又は(オ)に続けて同じ大きさの文字で「高知第四地区本部」と横書で表示している。
(2) 被告各店舗について
まず、店舗正面の看板等をみると、被告標章1(ア)又は(イ)を表示し、小さな文字で店名を併記したもの、これに加えて被告標章3のみ又はこれと小さな文字による「全国チェーン」を併記したもの、被告標章1(ア)及び2(オ)を表示し、小さな文字で店名を併記したもの、被告標章1(エ)又は2(オ)を表示し、小さな文字で店名を併記し、これに被告標章3又は小さな文字による「全国チェーン」を併記したもの、被告標章1(ア)又は(イ)を表示し、「小僧」と「寿し」の間に被告標章3を配し、小さな文字で店名のみ又はこれと小さな文字による「全国チェーン」を併記したもの、被告標章2(エ)を表示し、「KOZO」と「SUSI」の間に被告標章3を配し、小さな文字で店名を併記したものがある。
次に、袖看板、店舗壁面、道路沿いの指示看板、その他店舗の周囲をみると、被告標章1(ア)、(イ)、(エ)又は(キ)を表示し、小さな文字又は同じ大きさの文字で店名を併記したもの、被告標章3及び1(ア)、(イ)又は(キ)を表示し、小さな文字で店名のみ又はこれと小さな文字による「全国チェーン」を併記したもの、被告標章1(ア)、(イ)又は(エ)を表示し、「小僧」と「寿し」の間に被告標章3を配し、小さな文字で店名を併記したもの、被告標章2(ウ)を表示し、「KO」と「ZO」の間に被告標章3を配し、小さな文字で店名を併記したものなどがあるほか、店舗出入口横のウインドウに被告標章2(ア)を表示したもの、被告標章1(エ)を表示し、小さな文字で店名を併記したもの、正面看板の下部に被告標章2(オ)を三つ横に並べて表示したもの、立看板に被告標章3のみを表示したものがある。また、小さな文字で「全国チェーン」と表記し、その下部に大きく被告標章3を表示した旗が一、二本立てられていることもある。
更に、スーパーマーケット内に複数の店舗が出店している場合において被告各店舗等の存在を通行人等に示すため設置されている広告塔をみると、被告標章3及び1(エ)を表示し、小さな文字による店名のみ又はこれと小さな文字による「全国チェーン」を併記したもの、被告標章1(イ)を表示し、小さな文字で店名を併記したもの、被告標章3及び1(ア)を表示し、小さな文字で店名を併記したものなどがある。
また、正面看板等の上部又は下部、あるいはその横に並べて寿しの図柄や定価表を掲げている店舗や、正面看板の下部に寿しを陳列したショウウインドウを設置している店舗が多く、店内看板にも被告標章1(イ)を表示し、小さな文字で店名を併記し、その左側に寿しの図柄、右側には定価表を掲げている店舗もある。店舗正面の看板やウインドウに子象の図柄を併用している店舗もある。
(二) 昭和六三年ないし平成元年以降の被告各標章の使用状況につき、いずれも被写体について争いがなく、<書証番号略>、被告代表者尋問の結果によると、次の事実が認められる。
(1) 被告使用車両について
高知第一地区本部、高知第四地区本部及び愛媛第三地区本部の各車両には、車体の側面及び後部に被告標章1(エ)や(オ)あるいは1(ア)やこれを右横書したものに続けて地区本部の名称を併記し、車両によっては側面に「(株)サニーフーヅ」と併記しているものなどがある。
(2) 被告各店舗について
まず、正面看板をみると、被告標章1(ア)のみ又はこれと被告標章3を表示し、これにほぼ同じ大きさの文字又は小さな文字で店名を併記したもの、これに加えて小さな文字又はほぼ同じ大きさの文字で「全国チェーン」と併記したものがある。その他、被告標章1(ア)を表示し、その左側に「(株)」、右側に「本部」とそれぞれ小さな文字で併記したもの、被告標章1(イ)を表示し、「小僧」と「寿し」の間に被告標章3を配したものなどがある。なお、高知県下の店舗のうち二〇店舗の正面看板をみると、昭和五八年当時より大きな文字で店名を併記したものが多く、店名が小さな文字で併記されている店舗についても、概ね店名の表示が昭和五八年当時より明瞭になっている。
次に、袖看板、店舗壁面、道路沿いの指示看板、その他店舗の周囲には、被告標章1(ア)又は3の一方又は双方を表示した上、ほぼ同じ大きさの文字又は小さな文字による店名のみ又はこれと小さな文字による「全国チェーン」を併記したもの、被告標章3及び1(ク)を表示し、ほぼ同じ大きさの文字で店名を併記したもの、被告標章3及び1(イ)を表示し、小さな文字で店名を併記したもの、被告標章3のみを表示したものがある。
更に、商店街のアーケードで店舗を指示する看板として、被告標章3及び1(ア)の表示にほぼ同じ大きさの文字による店名と小さな文字による「全国チェーン」を併記したものがある。前同様の広告塔には、被告標章1(イ)のみ、あるいは3及び1(ア)又は(エ)を表示し、小さな文字による店名のみ又はこれと小さな文字による「全国チェーン」を併記したものなどがある。
また、正面看板の下部に寿しを陳列したショウウインドウを設置した店舗があり、店舗正面の看板やウインドウ等に子象の図柄を併用している店舗もある。なお、平成三年になると、被告各標章を使用せず、「花館」の標章を使用している店舗もある。
2 ところで、営業者が商標を使用するのは、自己の商品を他の営業者の商品と識別し、その出所を明らかにするためであるから、商標法の目的は、右のような自他商品識別機能、出所表示機能を有する商標を保護することにより、商品の出所の混同を防止し、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、取引社会における公正な競業秩序を維持し、ひいては一般需要者の利益を保護することにあるといわなければならず(同法一条)、同法二条の商標の概念は、商標が自他商品識別機能を有するものであることを前提としていると解すべきである。したがって、商標としての使用に当たるというためには、標章が自他商品識別機能を有する態様で使用されていると客観的に認められる場合でなければならない。この観点から、右1で認定した事実を前提として、被告標章1及び2の使用が商標としての使用に当たるかどうかについて判断する。なお、被告標章3は後記六のとおり小僧寿し本部の登録商標であるから、これを被告使用車両や被告各店舗の店頭看板等に表示することは商標としての使用にほかならないというべきである。
(一) 被告使用車両に表示される被告標章1及び2について検討するに、<書証番号略>によると、被告使用車両は、配送センターから被告各店舗へかんぴょう、のり等の副材を配送するために使用されており、本件商品を搬送するためには使用されていないこと、一般に会社等の商人の営業用車両の側面や後部に当該商人の商号が表示されている例は少なくなく、この表示は、商人を表彰し、商号の知名度を高める意味を持つとしても、商品を表彰するものであるとはいい難いことなどにかんがみると、被告使用車両の側面や後部に「株式会社小僧寿し本部」又は会社の種類を省略して「小僧寿し本部」と表示された場合には、これらの表示が本件商品を表彰し、これを他の営業者の商品と識別するため使用されているとは認め難いというべきである。
しかし、被告標章1及び2は、一方では、後記四3(二)のとおり小僧寿し本部の商号又は小僧寿しチェーンの営業表示の略称であるということができるが、他方では、後記(二)のとおり、被告各店舗の店頭看板等に表示されるときは、本件商品を表彰し、これを他の営業者の商品と識別するための標識として機能しているので、被告標章1及び2が被告使用車両に表示された場合、当該車両によって本件商品が搬送されているかどうかにかかわらず、一般需要者が被告使用車両に表示された被告標章1及び2から本件商品を想起して購買意欲を喚起する可能性のあることは否定できない。したがって、被告使用車両では被告標章1に地区本部の名称が併記されていることなどを考慮しても、被告使用車両に表示される被告標章1及び2は、本件商品の広告としての意味を持ち、本件商品との具体的関係において使用されており、商標としての使用に当たるといわなければならない。
(二) 被告各店舗の店頭看板等に表示される被告標章1及び2は、小僧寿しチェーンの加盟店であることを示す営業主体の表示であって、店舗そのものの所在を指示する意味を持つものであることは否定できない。
しかし、営業表示であっても、それが同時に商品を直接表示するような方法で使用されている場合には、同時に商標となり得るというべきであるところ、被告標章1及び2の使用態様や、被告各店舗では本件商品の製造販売が行われていることからみて、被告標章1及び2が被告各店舗の店頭看板等に表示されると、同店舗で本件商品を購入する一般需要者は、被告標章1及び2を記憶し、これに基づいて本件商品を購入するようになると考えられるので、店頭看板等に表示される被告標章1及び2は、一般需要者の記憶に訴えて本件商品を購入しようという動機を形成する機能を持ち、本件商品の広告としての意味を持つというべきである。すなわち、店頭看板等に表示される被告標章1及び2は、小僧寿しチェーンの加盟店の製造販売する本件商品の陳列、販売箇所の表示としての意味をも有し、本件商品を表彰し、これを他の営業者の商品と識別するための標識としての機能を果たしているといわなければならない。したがって、被告標章1及び2を被告各店舗の店頭看板等に表示することは、これを本件商品に関する商標として使用するものというべきである。
3 小括
被告使用車両や被告各店舗の店頭看板等への被告各標章の使用は、商標としての使用であり、商標法二条三項三号に該当するというべきである。
三請求原因4(被告各標章と本件商標との類似性)について判断する。
1 一般需要者は商標をその外観、称呼又は観念によって記憶すると考えられるので、これらのうちいずれか一つが紛らわしく混同を生じるおそれがある場合、一般需要者は商標の差異を明確に認識し得ず、商標の持つ自他商品識別機能が損なわれると考えられる。したがって、商標法三七条にいう類似する商標とは、取引上一般人の観点から混同誤認を生じやすい程度に相類似する商標を意味するのであって、商標の類否は、商標自体を一般需要者が混同するか否か、すなわち、一般的な取引の実情にも配慮し、一般需要者の観点から外観、称呼及び観念のいずれか一つ以上が類似しているか否かによって判断されるべきである。
(一) 本件商標は、「小僧」の二文字を縦書した標章であり、その外観は別紙第一目録記載のとおりであり、本件商標からは「コゾウ」の称呼を生じ、かつ、「商店で使われている年少の男子店員」、「年少の僧」、「あなどっていうときの年少の男子」等の各観念を生じるものである。
(二) 被告標章1は、「小僧寿し」の四文字を縦書又は横書した標章であり、本件商標と全体的、対比的に観察すれば外観上紛らわしいとはいい難いが、一般需要者は、本件商標と被告標章1を並べて対比して商品の同一性を識別するのではなく、両者の全体を通じて最も印象の強い部分に着目し、時と所を異にして商品の同一性を識別するのが通常であるところ、「小僧」と「寿し」とは分離可能な独立の名詞であり、両者の間には意味内容において関連がない上、「寿し」の部分は、観念上、食品の寿しの意味を想起させるもので、商品の普通名称を表示したものであるから、一般需要者は「小僧」の部分に着目すると考えられるので、要部、すなわち自他商品識別機能を有する部分は「寿し」ではなく「小僧」であるということができ、右要部は、本件商標と外観において類似し、称呼及び観念において同一であるから、結局、「小僧寿し」は全体として本件商標に類似するというべきである。
なお、「小僧寿し」は、一般には「コゾウズシ」と称呼されると考えられるが、これは、「小僧」という語に「寿し」という語がついて複合語となり、連濁が起こって「寿し」の「ス」が「ズ」と濁音化したものであって、複合語において原則として連濁が生じることは日常において経験する事柄であるから、「コゾウズシ」の称呼に接した一般需要者は「小僧寿し」の外観(文字)に接した場合と同様に「コゾウ」と「スシ」を想起すると考えられる。したがって、「小僧寿し」が「コゾウズシ」と称呼されることは、右判断を左右するものではない。
(三) 被告標章2は、ローマ字で「KOZO」「KOZO SUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO ZUSHI」と表記した標章であり、右(二)と同様に、自他商品識別機能を有しているのは「SUSHI」「SUSI」「ZUSHI」ではなく「KOZO」であって、「KOZO」が要部であるところ、右要部の外観は本件商標と類似しないが、その称呼及び観念は同一であるから、「KOZO」はもちろん、「KOZO SUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO ZUSHI」も全体として本件商標に類似するというべきである。
(四) 被告標章3が本件商標と外観において類似しないことは明らかである。また、被告標章3は、丁髷頭にねじり鉢巻きをしめ、胸に晒を巻き、着物の上に袢てんをはおり前掛けをして高下駄を履いている人物が、前掛けの前で両手を揃え、お辞儀をしている姿を正面より描いた図形のみからなる標章であり、それ自体は、「商家で働く人物」を観念させるとしても、直ちに「商店で使われている年少の男子店員」を観念させるものではなく、「コゾウ」の称呼を生じるとは限らない。
しかし、前記二1で認定した被告標章3の使用の態様や経緯、とりわけ、多数の被告各店舗において店頭看板等に被告標章3が被告標章1又は2と併記されて使用されてきたことを考慮すると、昭和五二年ころには、一般需要者は、被告標章1及び2とは別個に被告標章3を見ただけで「小僧寿し」を観念し、「コゾウズシ」と称呼するに至っていたと認めることができる。そうすると、被告標章3は、被告標章1及び2と同様、本件商標と観念及び称呼において同一であって、本件商標に類似するというべきである。
なお、<書証番号略>によると、原告は、被告標章3が本件商標と類似するとして商標法四条一項一一号、四六条一項一号により特許庁に対し商標登録無効の審判を請求したものの、審判不成立の審決がなされたため、裁判所に対し審決取消請求をしたところ、被告標章3は本件商標と類似しないとして請求を棄却する判決がなされたことが認められるが、右審決取消請求においては登録査定時を基準として被告標章3と本件商標の類否を判断されたのであって、本件訴訟では右基準時から本件口頭弁論終結時までの被告標章3の使用態様等の取引の実情をも勘案してこれと本件商標の類否を判断すべきであるから、右審決及び判決の存在は被告標章3が本件商標と類似するとの右結論と矛盾するものではない。
2 これに対し、被告は、大要、(1)「小僧寿し」は小僧寿し本部の商号の略称又は小僧寿しチェーンという企業グループの名称として著名であるから、一般需要者はこれを一体不可分に結合して全体として右商号の略称又は企業グループの名称を表示したものと理解すること、(2)原告は寿しに本件商標を使用したことはないから、現実には一般需要者が「小僧寿し」の扱う寿しを原告の商品であると理解して商品の出所を混同誤認するおそれはないこと、以上の二点を理由として、被告各標章は本件商標と類似しない旨主張している。
(一) まず、右(1)については、前記二2の商標法の目的に照らすと、商標の類否を判断するに際して具体的な取引の実情も一定の範囲内で考慮するのが相当であり、そのうち少なくとも商標の外観、称呼又は観念の類否に影響を及ぼすものは右判断の際に考慮することができると解すべきである。そして、後記四3(二)のとおり、「小僧寿し」は、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称として著名であり、一般需要者によって一連に称呼されるのが通常であるということはできる。
しかし、右1(二)のとおり「小僧寿し」における「小僧」と「寿し」の間には意味内容において関連がなく、両者は分離可能であるほか、<書証番号略>、証人河合誠三の証言によると、小僧寿し本部代表者山木益次(以下「山木」という。)は、その著書「続寿し革命・小僧寿し成長の秘密」(昭和五五年八月一日第一刷発行)において、「小僧寿し」を小僧寿しチェーンの名称としてだけではなく、小僧寿しチェーンにおいて製造販売している本件商品を意味するものとしても用いていること、小僧寿し本部が昭和五四年一二月末から昭和五五年三月にかけて関西テレビの午後零時三〇分から午後一時までのテレビ番組のスポンサーとして放映したコマーシャルの中には、人が寿しを食べている映像に「小僧寿し、皆で食べよう」という歌声を流すシーンが含まれていたこと(なお、<書証番号略>は右コマーシャル放映の事実を否定するものではない。)などが認められ、これらの事実にかんがみると、一般需要者が「小僧寿し」を「コゾウズシ」として一体不可分のものと理解しているとしても、それは必ずしも小僧寿しチェーンを意味しているとは限らず、商品としての寿しを意味していることもあると考えられるので、「小僧寿し」の表示に接した一般需要者が「小僧」の「寿し」という意味に理解する可能性を否定することはできない。したがって、「小僧寿し」の表示が一連に称呼されるのが通常であるとしても、「小僧」と「寿し」を分離するのが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合しているとはいえないから、自他商品識別機能の観点からみると、右表示の要部は「小僧」であるといわなければならない。
なお、<書証番号略>によると、特許庁は、小僧寿し本部の本願商標「小僧寿し」と株式会社不二家の引用商標「小僧」との類否が争われた登録異議申立事件において、本願商標が引用商標とは類似しない旨の決定をしたことが認められるが、指定商品をみると、右事件では菓子、パンであるのに対し、本件訴訟では寿しであって、指定商品が異なるので、本件訴訟と右事件とを同列に論じることはできない。すなわち、「小僧寿し」の表示が菓子、パンについて使用された場合、右表示に接した一般需要者は、右表示の「寿し」の部分を商品の普通名称とは認識せず、右表示が小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンを指すものと認識すると考えられるから、菓子、パンについて右表示が使用された場合と引用商標が使用された場合とで商品の出所の混同を生じるおそれはないということができるのに対し、「小僧寿し」の表示が寿しについて使用された場合、右表示に接した一般需要者は、右表示の「寿し」の部分を商品の普通名称と認識することが十分考えられるから、寿しについて右表示を使用した場合と本件商標を使用した場合とで商品の出所の混同が生じるおそれのあることは否定できないのである。
(二) 次に、被告は、商標の類否の判断では一般需要者が現実に商品の出所を混同誤認するかどうかが重要であるという観点から、右(2)のとおり、本件商標が現実に寿しに使用されていない以上、一般需要者が被告の製造販売する寿しを原告の商品であると誤認するおそれはない旨主張している。
しかし、商標の類似は商標権の禁止的効力の及ぶ範囲を画するものであるから、その類似の範囲については関係者に予測可能性を保障して不測の損害を与えないようにし、取引社会における法的安定性を確保しなければならず、この見地からすれば、原告が本件商標を現実に使用しているかどうかや、一般需要者が現実に商品の出所を混同しているかどうかは、商標の類否を判断するに当たって考慮すべきではないし、また、原告が寿しに本件商標を使用していないため、現実には被告の製造販売する寿しが原告の製造販売する寿しであると混同誤認されるおそれはないとしても、原告が寿しを製造販売した場合、これを被告の製造販売する寿しであると混同誤認されるおそれがあり、本件商標の自他商品識別機能が害されることになるので、被告の右(2)の主張に左たんすることはできない。更に、いずれも<書証番号略>によると、原告が本件商標を使用して寿しを販売していたことが認められるから、この点でも被告の右(2)の主張には疑問がある。
(三) したがって、被告の右(1)、(2)の各主張はいずれも採用できない。
3 小括
被告各標章はいずれも本件商標に類似するというべきである。
四抗弁1(商標法二六条一項一号)について
1 <書証番号略>、証人山木益次及び同河合誠三の各証言並びに被告代表者尋問の結果によると、次の事実が認められる。
(一) 小僧寿し本部は、持ち帰り方式による寿しの製造販売という新たな業態を確立し、フランチャイズシステムによって本件商品の製造販売を行っており、フランチャイザーとして、加盟店(フランチャイジー)に対し、本件商品の製造販売方法、経営技術等のノウハウを与え、継続的指導を行うと共に、本件商品の材料の供給を行うなどしているものであり、被告は、小僧寿し本部との間でフランチャイズ契約を締結してその加盟店になると共に、自らも四国地域におけるフランチャイザーとして各加盟店との間でフランチャイズ契約を締結しているものであって、小僧寿し本部、被告その他の加盟店、更に被告傘下の加盟店は、全体として組織化された一種の団体としてフランチャイズシステムを構成し、小僧寿しチェーンという一個の企業グループを形成しており、遅くとも昭和五二年には、小僧寿し本部は「株式会社」を省略して「小僧寿し本部」、あるいは「本部」をも省略して「小僧寿し」と呼称され、更に、小僧寿しチェーンという呼称も使用されていた。
(二) 小僧寿しチェーンの設立以降の店舗数及び売上高の推移をみると、概ね、昭和四七年には二七店、七億四〇〇〇万円、昭和四八年には六七店、一二億二四〇〇万円、昭和四九年には一五〇店、二八億円、昭和五〇年には二五〇店、七三億円、昭和五一年には六〇〇店、一五〇億六六〇〇万円、昭和五二年には一二五〇店、二四五億円、昭和五三年には一五二一店、三七一億三〇〇〇万円、昭和五四年には一七六五店、五三〇億八〇〇〇万円、昭和五五年には一九五六店、六二七億円、昭和五六年には二〇二五店、六四六億円となっており、全国的な規模で出店し、昭和五四年から昭和五六年まで外食産業において売上高ランキング第一位を維持していた。その後も、小僧寿しチェーンは、メニューの改善、既存の加盟店の活性化等により、概ね、昭和五七年には二一三九店、六七五億三七〇〇万円(外食産業第二位)、昭和五八年には二二一五店、六八二億一〇〇〇万円(同第二位)、昭和五九年には二二四〇店、六九二億二八〇〇万円(同第三位)、昭和六〇年には二二二九店、七一五億一二〇〇万円(同第七位)、昭和六一年には二二四七店、七八九億七四〇〇万円(同第六位)と上位を保っていた。
(三) 小僧寿しチェーンの右発展に伴い、遅くとも昭和五二年ころから、経済新聞及び飲食業専門雑誌だけでなく、一般新聞及び総合雑誌等にも、小僧寿し本部のフランチャイズシステムの特色や経営分析等に関する報道がなされ、売上高に対する経常利益率や経費率、従業員一人当たりの効率、コンピューターの導入度等、その経営実態が世間の注目を浴びるようになり「小僧寿し」の名称の知名度は、昭和五三年一月初版発行の雑誌「近代食堂・別冊」に掲載された全国調査の結果では87.0パーセントであり、その後も、昭和五七年一〇月における西日本放送株式会社開発事業部の高松地区消費動向調査では97.3パーセント、昭和六一年一一月における同調査では91.4パーセント、日本経済新聞社営業企画部が行った昭和六一年一一月八日付日本経済新聞朝刊掲載のアンケートに対するはがき応募の方式による全国調査では89.3パーセントという結果が出ているほか、小僧寿し本部は、昭和五五年一一月一一日、農林水産省と財団法人食品産業センター及び社団法人食料品流通改善協会とが共催した食品産業優良企業等表彰式において、外食産業部門で農林水産大臣賞を受賞し、また、山木が社団法人日本フランチャイズチェーン協会副理事長の役職に就くなど、外食産業界において有力企業としての地位を占め、ハワイやロサンゼルスにも出店している。
(四) 小僧寿し本部は、その製造販売に係る本件商品を美味で安価な上、買いやすく手近にある寿しとして多量に販売しており、顧客との接触を保つため投書等の方法を取り入れ、顧客からの苦情に対しては実情を調査して対策を講じ、更に、「クレープ寿し」、「合格寿し」、「ざるパック」等の新製品の開発を含むメニューの充実、改善を行い、節分の日には「まるかぶりフェア」として「縁起巻」を販売するほか、バレンタインデーにおける「バレンタインパーティ」、母の日における「ママパーティ」等の各種セールやハワイ旅行、銘々皿等のプレゼント・キャンペーンを展開し、店舗配置の見直し等の経営の改善も行い、かつ、多額の宣伝広告費を使ってテレビ、新聞、加盟店のポスター等による強力な宣伝広告活動を展開するなどの営業努力を重ねており、一般需要者に「小僧寿し」として広く認識されている。
(五) なお、原告が、昭和五四年四月一九日、第三二類「すし」を指定商品として「小僧寿し本舗」の文字を縦書した商標を登録出願したのに対し、小僧寿し本部が登録異議を申し立てたところ、昭和五九年九月二六日、右申立てには理由があると決定されたが、その理由は、小僧寿し本部が、本件商品のフランチャイズチェーンの親業者として、この種業界において売上高においてもチェーン店の店舗数においても、わが国有数の規模を誇り、「小僧寿し」の略称表示をもって、右出願前に需要者間に広く認識されているので、右商標が商標法四条一項八号に該当するというものであった。
2 商標法二六条一項一号の趣旨
商標法二六条一項一号は、商標権の効力が自己の氏名、名称等を普通に用いられる方法で表示する商標には及ばない旨規定しているので、その趣旨について検討する。
人の氏名、名称等は氏名権又は商号権として保護されるべきものであるから、他人の氏名、名称等を含む標章については、その他人の承諾を得なければ登録することができないこととされている(商標法四条一項八号)が、このような標章がその他人の承諾を得ないで誤って登録された場合や、あるいは登録商標が他人の氏名、名称等に類似する場合、その他人が自己の氏名、名称等を商標として使用することが妨げられるとすれば、取引上不都合なことがあるので、これを避けなければならない。これに加え、商人がどのような名称をもって商号とするかは、他人の氏名権又は商号権の侵害等にならない限り、原則として自由である(商法一六条)から、商標権者の登録商標が商号やその構成部分として選択されることもあり得るし、商号権者は、看板、広告等に商号を使用することができるので、当該商号が同時に商標としての機能を有するに至ることも少なくないが、商号権の行使が同時に商標としての使用の意味を持つ場合、当該商号が登録商標と同一又は類似であることを理由として、常に当該商号を看板、広告等に使用することができないとすると、商号の選択や商号権の行使が不当に制約される結果となるので、このような場合において商標権と商号権とを調整する必要もある。そこで、商標法二六条一項一号は、他人の氏名、名称等と同一又は類似の標章を商標として商標権者に独占的に使用させるのが不適当な場合について商標権の禁止的効力の及ぶ範囲を制限したのである。
3 自己の名称
まず、被告標章1及び2が商標法二六条一項一号の自己の名称等に当たるかどうかを判断する。
(一) 商標法二六条一項一号にいう自己の名称には法人その他の商人の商号が含まれるのはもちろんであるが、株式会社の商号については、会社の種類を示す「株式会社」の文字を付することが法律上要求されており(商法一七条)、この文字を含む登記簿上の記載全体が自己の名称に該当し、この文字を除いた部分は自己の名称の略称に該当するものと解すべきである。
また、商号は、商人が営業について自己を表示する名称であり、社会的、経済的には、当該商人の営業であることを表示する機能を有しており、営業表示、すなわち営業の主体を示す表示でもある。商標法二六条一項一号がこのような機能を有する商号権を保護していることにかんがみると、商号と同様に特定人の営業であることを示す標識として表示されるもの、たとえば、関連企業又は系列企業であるという表示や、フランチャイズに属することを示す表示もまた、商号と同様に同号による保護に値するというべきであるから、同号にいう自己の名称には商号以外の営業表示も含まれると解するのが相当である。
もっとも、商標法二六条一項一号が自己の名称の略称については著名なものに限って保護することにしたのは、氏名や名称は、人格の同一性を表示するもの、すなわち、人格を表彰して他の人格と識別する機能を有するものであるところ、名称の略称、たとえば、商号の略称は、氏名や完全な商号と比較して相対的に任意に選択され変更され得るものであり、氏名や完全な商号より人格の識別機能が弱いため、これらと同様な人格の識別機能を有するためには、同一の略称が継続して使用され、広く認識されるに至っていることを要するからである。そうすると、フランチャイズに属することを示す表示は、商号の略称等の場合と同様に、著名なもの、すなわち、当該表示が一般需要者によって特定の企業グループを表示するものとして広く認識されるに至っているものでなければならないと解すべきである。
(二) 被告標章1は、「小僧寿し」の文字により構成されており、小僧寿し本部という商号から「株式会社」及び「本部」を除いたもの、あるいは小僧寿しチェーンという営業表示から「チェーン」を除いたものによって構成されているものであるところ、取引界における経験則に照らし、商号その他の営業表示は、完全な名称で通用するとは限らず、その主要部分によって略称されるなど、一部の字句を取り除いて簡略化され、漸次慣用されることが多いから、「小僧寿し」の表示も、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンを表示するものとみることができる。これに加え、小僧寿しチェーンは、多額の宣伝広告費を使って強力な宣伝広告活動を展開するなどの営業努力を重ね、本件商品を多量に販売し、その売上高は外食産業において上位を占め、知名度も高かったこと、その他前記1で認定した事実によると、「小僧寿し」の表示は、遅くとも昭和五三年以降、本件商品の製造販売業者である小僧寿しチェーンの営業を表示するものとして広く認識されており、本件商品の取引において「小僧寿し」といえば、一般需要者の間で小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称として通用するものとなっていたと認めることができる。また、被告標章2(イ)、(エ)及び(オ)は、「小僧寿し」をローマ字で表記したものであるが、商号その他の営業表示は、時勢の変化に即応し、その表記を漸次変化させる必要のある場合があり、今日においては商号その他の営業表示をローマ字で表記することも一般的に行われていることであるから、被告標章1と同様、一般需要者の間で小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの営業表示の略称として通用していたと認めることができる。したがって、被告及びその加盟店が使用していた被告標章1並びに同2(イ)、(エ)及び(オ)は、遅くとも昭和五三年以降、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称として著名になっており、商標法二六条一項一号にいう自己の名称の著名な略称に該当するというべきである。
次に、「小僧」をローマ字で表記した被告標章2(ア)及び(ウ)について検討すると、「小僧」も、「小僧寿し」から商品の普通名称を示す「寿し」を除いたものであり、小僧寿し本部の商号又は小僧寿しチェーンの営業表示の主要部分であるということができ、小僧寿し本部や小僧寿しチェーンの略称であるとみる余地がないわけではないが、これが略称として一般需要者に広く認識されていたと認めるに足りる証拠はないので、被告標章2(ア)及び(ウ)が自己の名称の著名な略称であるということはできない。
4 普通に用いられる方法
次に、被告標章1並びに同2(イ)、(エ)及び(オ)が普通に用いられる方法で表示されているかどうかを判断する。
(一) 商標法二六条一項一号にいう普通に用いられる方法をもって自己の氏名、名称等を表示するものとは、標章の外観上の態様を意味するのであって、取引の実情に照らし、特に一般需要者の注意を惹くに足る書体又は図案をもってこれを表示するようなことなく、単に自己の氏名、名称等を記載したに止まると認められるような方法で表示した場合をいうと解すべきである。
これを本件についてみると、まず、被告標章1並びに同2(イ)、(エ)及び(オ)の外観は、別紙第二、第三目録記載のとおりであり、いずれも特徴のある書体ではなく普通の書体によって表示されているということができる。そして、取引界において、営業用車両や店舗の看板、壁面等に会社の商号や営業主体の名称を表示することは一般に広く行われていることであり、右表示に当たって、商号や名称のうち会社の種類を示す「株式会社」等の部分を省略し、又は「(株)」等の略号を用い、商号の主要部分を大きく目立つように記載することも、一般的に行われており、特異なものではない。また、近時、一般需要者の価値観の変遷、企業イメージの向上等の理由により、漢字で構成される商号をカタカナに変更する例やローマ字で表記する例も少なくないことに照らし、漢字やひらがなで構成されている商号や名称をカタカナやローマ字で表記することは何ら奇異なことではなく、業界によってはむしろその方が自然であるといえる場合があり、前掲の<書証番号略>によると、小僧寿しチェーンは、ファーストフードサービス業を指向し、顧客層が四〇歳までで全体の八〇パーセントを占めること、本件商品は若い人に好かれる味であることなどを特徴としているのであって、「小僧寿し」の表示をローマ字で表記することも何ら不自然ではないというべきである。
更に、被告使用車両には「小僧寿し」のみの表示はなく、これに続けてこれと同じ大きさの文字で地区本部の名称が表記されていることなどに照らし、被告使用車両における右表示は主として小僧寿しチェーンの営業表示の略称としての意味を持つとみることができ、一般的に営業用車両に商号が表示されている例と大差はないというべきである。また、被告各店舗の店頭やその周囲の看板等については、「小僧寿し」のみが表示されたものは少なく、店名を併記されているものが多数を占めること、被告各店舗では本件商品を製造販売しているのであるから、正面看板の下部に寿しを陳列したショウウインドウが設置されていることや、正面看板等の上部や下部、あるいは横に並べて定価表や寿しの図柄が掲げられていたことも、看板の設置方法として特殊な態様であるとはいえないことなどにかんがみると、店頭看板等における右表示は、他の営業者の店舗と識別するため店頭に表示される営業表示として、社会生活において通常みられる範囲内のものであるということができる。
したがって、被告標章1並びに同2(イ)、(エ)及び(オ)は、普通に用いられる方法で表示されているというべきである。
(二) 原告は、被告標章1及び2が商標、すなわち自他商品識別標識として使用されている以上、もはや普通に用いられる方法で使用されているとはいえない旨主張する。しかし前記二2のとおり、商標法は公正な競業秩序の維持を目的とするものであるところ、登録商標と同一又は類似の商号その他の営業表示が不正競争の目的なくして特定人の営業であることを示す標識として表示されている場合には、それが同時に商品の出所を示す標識としての表示の意味を持つことがあっても、公正な競業秩序を損なうということはできないから、商標法の目的に照らして許容され、商標権の侵害に当たらない正当な行為であるといわなければならない。また、商標法二六条一項一号は、その文言及び趣旨に照らし、自己の氏名、名称等が自己の人格を表彰するものとして表示された場合、それが同時に商標としての使用の意味を持つことがあっても、これには商標権の禁止的効力が及ばない旨規定したものとみるのが自然であり、もしこれを原告の右主張のように理解するとすれば、自己の氏名、名称等がもっぱら自己の人格を表彰するものとして表示されている場合に限り、これに商標権の禁止的効力が及ばないことになるが、この結論は同号の規定がなくても導かれるものであって、同号が単なる注意的な規定に過ぎないことになり、その存在理由が失われてしまう。したがって、原告の右主張を採用することはできない。
次に、<書証番号略>(弁理士網野誠作成の意見書)には、被告標章3に「小僧(コゾウ)」の称呼及び観念を生じさせることを意図して、商号中の「小僧寿し」の部分を特に顕著に太く、大きく表示して併用することは、著名な商号の略称を営業表示として普通に用いられるような方法で表示したものとはいい難い旨の意見が記載されている。しかし、同号証をみると、小僧寿し本部は、本件商標が存在するため「小僧寿し」の称呼及び観念を生じる文字商標の取得が困難であることを知り、これに代えて被告標章3を出願してその登録を受けた旨の記載があり、これを前提として右意見が述べられていると考えられるところ、<書証番号略>及び証人山本益次の証言によると、小僧寿し本部が被告標章3の登録出願をしたのは昭和四八年一月二七日であること、山本は昭和五二年に原告から本件商標に関する申入れがなされるまで原告が本件商標を有していることを知らなかったことが認められ、これらの事実に照らして右記載内容には疑問があるから、これを前提とする右意見は採用できないといわなければならない。なお、<書証番号略>には、被告標章3の前掛けの部分に「小僧寿し」の表示をすることは、商号の略称を普通に用いられる方法で表示したものとはいい難い旨の記載もあるが、右のような表示方法があることを理由として、直ちに被告使用車両や店舗看板等に「小僧寿し」の表示をすることが商号の略称を普通に用いられる方法で表示したものといえなくなるということはできない。
5 小括
被告標章1並びに同2(イ)、(エ)及び(オ)の使用については、再抗弁1が認められない限り、遅くとも昭和五三年以降は商標法二六条一項一号によって本件商標権の禁止的効力が及ばないので、その使用差止め及び抹消請求には理由がないことになるが、被告標章2(ア)及び(ウ)の使用は、後記第二の二で検討するとおり抗弁3は採用できないので、本件商標権の侵害に当たるといわざるを得ない。
なお、証人山木益次の証言、被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、小僧寿し本部は、各加盟店との間で締結したフランチャイズ契約に基づき、各加盟店に対し、一定の名称の使用を義務づけ、店舗の外装等について指導、監督する立場にあること、被告は、一加盟店として小僧寿し本部の指導に従うと共に、四国地域におけるフランチャイザーとして、各加盟店に対し、右指導等を伝達して監督する役割を果たしていることが認められるから、加盟店の名称が商標権の侵害に当たる場合、被告は、自ら右侵害を止めると共に、その加盟店に対し右侵害をしないよう指導する義務を負うといわなければならない。したがって、被告標章2(ア)及び(ウ)の使用が本件商標権の侵害に当たる以上、被告は、自ら右各標章を使用せず、かつ、その加盟店にも右各標章を使用しないよう指導する義務を負うというべきである。
五再抗弁1(被告の不正競争の目的ないし信義則違反)について
再抗弁1の前段の事実、すなわち、本件商標が昭和三一年一〇月登録出願され、昭和三二年七月登録されたものであること、小僧寿し本部及び被告が「小僧寿し」の標章を使用し始めたのは早くても昭和四七年二月以後であることは、当事者間に争いがない。
ところで、商標法二六条二項は、不正競争の目的、すなわち、自己の商品を他人の商品と混同誤認させ、他人の商標の有する信用を自己の商品の販売に利用して不当な利益を得る目的で自己の氏名、名称等を使用した場合には同条一項一号の適用を排除することとしている。そこで、被告が不正競争の目的をもって「小僧寿し」の標章を使用したと認められるかどうかについて検討するに、前記四4(二)のとおり、山木は昭和五二年に原告から本件商標に関する申入れがなされるまで原告が本件商標を有していることを知らなかったこと、右のとおり、小僧寿し本部及び被告が右標章を使用し始めたのは早くても昭和四七年二月以後であること、前記四1で認定した事実によると、小僧寿しチェーンは、本件商品の品質の維持、向上に務め、強力な宣伝広告活動を展開するなどの営業努力を重ねて発展してきたことなどに照らすと、小僧寿し本部や被告が不正競争の目的を有していたと認めることはできない。なお、<書証番号略>によると、小僧寿し本部が昭和五八年九月に商標「小僧の家」「小僧庵」「小僧の里」「小僧亭」「小僧堂」の登録出願をしたことが認められるが、右登録出願の時点では「小僧寿し」の表示が小僧寿し本部の略称として著名になっていたことなどを考慮すると、右登録出願の事実は右結論を左右するものではない。
<書証番号略>には、小僧寿し本部は、本件和解契約において「小僧寿し」の表示を商標としては一切使用しない旨合意したにもかかわらず、右表示を被告標章3と併用し、これに「小僧(コゾウ)」の称呼及び観念を生じさせるような態様で使用しており、このような使用については不正競争の意思を推認し得ないとはなし得ない旨の記載がある。しかし、後記第二の二3のとおり本件和解契約において右合意がなされたとまで認めることはできず、むしろ山木は後記第二の二1(六)のとおり店頭看板等における「小僧寿し」の表示は本件和解契約締結当時の現状のままでよいことになったと理解していたのであるから、本件和解契約締結後における店頭看板等への被告標章1並びに同2(イ)、(エ)及び(オ)の使用について、小僧寿し本部及び被告が不正競争の目的を有していたということはできない。
また、原告は、小僧寿し本部が本件和解契約において右合意をしたにもかかわらず、これに違反して前記三2(一)のテレビコマーシャルを放映したのであって、不正競争的な手段を用いている旨主張している。確かに右テレビコマーシャルには「小僧寿し」の表示を営業表示ではなくもっぱら商標として用いるシーンが含まれており、このような使用方法は商標法二六条一項一号にいう普通に用いられる方法での使用に該当しないというべきであるが、右合意の存在は認められず、右テレビコマーシャル放映の事実から直ちに被告各店舗の店頭看板等における被告標章1並びに同2(イ)、(エ)及び(オ)の使用が不正競争の目的をもってなされているとまで推認することはできない。
更に、原告は、小僧寿し本部や被告その他の加盟店が現在では「花館」の標章を使用しており、「小僧寿し」の使用によって本件商標権を侵害した挙げ句、これを使い捨てにしている旨主張しているところ、右主張が「花館」の標章の使用は不正競争の目的を推認する一つの根拠となる旨の主張であるとしても、前掲の<書証番号略>をみると、山木は、以前より、小僧寿しチェーンの顧客層は主として四〇歳までであり、顧客の欲求を満足させるためには店舗の色彩感覚やファッション性にも配慮する必要があるなどと指摘し、近時においても、時代の変遷に伴って一般需要者の価値観やライフスタイル等が変化し、センスやイメージの良い店舗が求められているなどと指摘していることなどにかんがみると、「花館」の標章を使用している店舗は、従来の店舗を一新して現代の感覚に調和させようとしたものであるとみるのが自然であるから、「花館」の標章の使用は不正競争の目的を推認する根拠にならないというべきである。
次に、原告は、被告による抗弁1の主張が信義則に違反する旨主張している。しかし、被告標章1及び2が小僧寿し本部の商号又は小僧寿しチェーンの営業表示の略称として著名であるのは、小僧寿し本部やその加盟店が、その営業に係る商品に被告標章1及び2を使用して積極的に営業活動を行い、当該商品に対する一般需要者の信頼を獲得し、小僧寿しチェーンの信用を蓄積し、当該商品の販路を開拓した結果であって、このような多年の営業努力によって被告標章1及び2が自他商品識別機能や出所表示機能等を有するようになり、顧客吸引力を獲得するに至ったことを考慮すると、小僧寿し本部やその加盟店が本件商標に対する一般需要者の信頼を不正に利用するなどの不公正な取引活動を行ったわけではなく、公正な競業秩序は害されていないといわなければならない。したがって、商標を保護することによって公正な競業秩序を維持しようとする商標法の目的からすれば、被告において抗弁1の主張をすることが信義則上許されないものであるということはできない。
他に被告の不正競争の目的ないし信義則違反を基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はないので、再抗弁1は理由がない。
六抗弁2(商標権者からの使用許諾)
抗弁2(一)及び(三)の事実は、当事者間に争いがない。そして、同2(二)について検討するに、前掲の<書証番号略>によると、被告標章3は本件商標と類似しない商標として登録を認められたものであって、小僧寿し本部は指定商品についてこれを専用する権利を有する(商標法二五条)から、本件商標権の禁止的効力は被告標章3には及ばず、小僧寿し本部がその使用を妨げられることはないというべきである。
したがって、被告標章3は小僧寿し本部の登録商標であり、被告は小僧寿し本部との間のフランチャイズ契約によりその使用を許諾されているので、再抗弁2が認められない限り、被告標章3の使用には本件商標権の禁止的効力は及ばず、その使用差止め及び抹消請求には理由がないことになる。
七再抗弁2(被告標章3の不正使用)について
原告は、小僧寿し本部や被告その他の加盟店が被告標章3に被告標章1又は2を併記したり「子象」の図柄を併用したりすることによって、被告標章3に「小僧(コゾウ)」の称呼及び観念を生じさせており、信義誠実に反する不正競争的な手段を用いて被告標章3を使用した旨主張しており、前掲の<書証番号略>中には、被告標章3の前掛けの部分に「小僧寿し」の表示をし、これを看板に表示する行為や、看板の左端に被告標章3を配し、その右に「小僧寿し」の文字を太く、あるいは大きく表示する行為は、故意に自己の登録商標である被告標章3に類似する商標を指定商品について使用し、原告の業務に係る商品と出所の混同を生じさせるものであるから、被告標章3の使用は権利濫用的な使用であって、その登録は商標法五一条により取り消されるべきものである旨の意見が記載されている。
確かに、小僧寿し本部や被告その他の加盟店が被告標章3に被告標章1又は2を併記して使用してきたことは前記二1で認定したとおりであり、被告標章3の前掛けの部分に「小僧寿し」の表示をして使用してきたことは、いずれも弁論の全趣旨によって撮影時期及び被写体ともに原告の主張のとおりであると認められる<書証番号略>、いずれも被写体について争いがなく、弁論の全趣旨によって原告主張の時期に撮影されたと認められる<書証番号略>等によって認められる。しかし、小僧寿し本部やその加盟店が営業活動において小僧寿し本部の登録商標である被告標章3を使用するに当たって、小僧寿し本部の商号又は小僧寿しチェーンの営業表示の略称としての被告標章1又は2と併記したとしても、一般に自己の登録商標と商号の略称とを併用する例は少なくなく、登録商標の使用態様として格別特殊なものであるといえないだけでなく、小僧寿し本部やその加盟店は、その営業に係る商品に関して被告標章3を付し、多年の営業努力によって当該商品に対する一般需要者の信頼を獲得し、小僧寿しチェーンの信用を蓄積し、当該商品の販路を開拓したのであり、これによって被告標章3が出所表示機能等を有するようになり、顧客吸引力を獲得するに至ったのである。したがって、小僧寿し本部の登録商標である被告標章3に商号又は営業表示の略称を併記して使用したことは、これによって右略称が商標としての意味を持つ結果となったということはできるとしても、更に進んで、被告標章3に「小僧(コゾウ)」の称呼及び観念を付着させて本件商標と混同させるための不正な使用であったとまで認めることはできず、公正な競業秩序を損なうものではないというべきである。
次に、被告標章3と共に「子象」の図柄を使用してきたことは、前記二1で認定した事実のほか、<書証番号略>によって認められるが、これらの証拠によると、「子象」の図柄に加えて父親象や母親象と目される図柄をも使用し、象の家族のイメージを抱かせるものがあること、「子象」の図柄以外にも動物の子供の図柄を使用したものもあることが認められ、これに加え、小僧寿しチェーンがその顧客として比較的若い家族を対象としていることなどをも考慮すると、「子象」の図柄は家族での楽しい食事のイメージを抱かせるものである旨の被告の反論には一応の合理的な理由があるということができる。
結局、原告の右主張及び<書証番号略>中の右意見はいずれも採用できず、他に小僧寿し本部やその加盟店が被告標章3を不正に使用したと認めるに足りる証拠はないから、被告標章3の使用は違法なものではなく、再抗弁2は理由がないというべきである。
八請求原因5(被告の損害賠償責任)及び同6(原告の損害)について
1 被告が被告標章2(ア)及び(ウ)を使用して本件商標権を侵害した以上、右侵害について被告に過失があったものと推定され(商標法三九条、特許法一〇三条)、右推定を覆すに足りる証拠はない。
2 原告は、商標法三八条一、二項の規定に基づき、昭和五五年から昭和五七年までの三年間に被った損害の賠償を請求しているが、右規定は、商標権者が商標権の侵害によって被った損害の賠償を請求する場合、その損害額の証明が困難であることにかんがみ、損害の公平な分担という不法行為制度の理念を実現するため、商標権者による損害額の証明を容易にしようとするものであって、商標権者に損害が発生していることを前提としていると解すべきであるから、商標権者に右規定に係る損害が発生していないなどの特段の事情があるときは、右規定は適用されないといわなければならない。
(一) 商標法三八条一項の規定は、商標権者の被った営業上の損害の額を推定しているので、商標権者である原告に営業上の損害が発生しているかどうかを検討する。
当事者間に争いのない事実のほか、<書証番号略>、証人林篤爾の証言並びに弁論の全趣旨によると、本件商標は昭和三二年に登録されたこと、原告は、昭和二六年に設立され、主としてかまぼこ、和生菓子及び煮豆の製造販売を行ってきたものであり、昭和四五年に大阪、兵庫、京都及び奈良の各府県において本件商品の製造販売を始めたが、これについては本件商標を使用しておらず、昭和四九年一一月ころから大阪市を中心とする近畿地区において、「おにぎり小僧」の名称で本件商品の製造販売を始めたこと、昭和五五年一一月の時点で原告が右名称を使用して本件商品を販売していた店舗は二七店で、同店舗における本件商品の売上は約五億円であったこと、原告は、被告各店舗の所在する四国地域では、本件商標を使用して本件商品を販売したことがないことなどが認められる。
一方、当事者間に争いがない事実、前記二1及び四1で認定した事実並びに弁論の全趣旨によると、被告は、小僧寿し本部との間でフランチャイズ契約を締結してその加盟店となり、自らも四国地域におけるフランチャイザーとして各加盟店との間でフランチャイズ契約を締結し、四国地域において「小僧寿し」の名称で本件商品を製造販売してきた(但し、昭和五七年一月六日から平成二年一〇月一日までの間は、被告の四国地域本部としての機能を分離して独立させた株式会社小僧寿し四国地域本部が四国地域におけるフランチャイザーであり、被告はその加盟店であった)こと、小僧寿し本部は、昭和四七年に設立され、持ち帰り方式による寿しの製造販売という業態を開拓し、本件商品の品質の維持、向上に務め、テレビ等による強力な宣伝広告活動を展開するなどの営業努力を重ね、全国的規模で「小僧寿し」の名称と被告標章3を併用して本件商品を製造販売し、昭和五四年には外食産業界で売上高ランキング第一位となるなど、同業界において有力企業としての地位を確立し、遅くとも昭和五三年以降、「小僧寿し」の名称は、小僧寿し本部の商号又は小僧寿しチェーンの営業表示の略称としてだけでなく本件商品の標識としても著名になり、被告標章3も本件商品の標識として著名性を獲得し、いずれも業務上の信用及び顧客吸引力を蓄積していたことなどが認められる。更に、前記二1(一)、(二)に掲げた各証拠によって被告標章2(ア)及び(ウ)の使用状況をみると、昭和五五年から昭和五七年までの間は、高知県下の二一店舗のうち、正面出入口横のウインドウに被告標章2(ア)を表示したものと、店舗壁面に被告標章2(ウ)を表示したものが各一店舗ずつ存在するだけであり、他の店舗や被告使用車両には被告標章2は使用されておらず、昭和六三年以降は被告標章2は全く使用されていなかったのであるから、他に証拠がない以上、被告は、被告標章1及び3に付随して副次的に被告標章2(ア)及び(ウ)を使用することがあったに過ぎないというべきである。
以上のような、本件商標の使用の経緯や態様、原告及び被告の本件商品の販売地域、小僧寿しチェーンによる本件商品の品質や宣伝広告方法、小僧寿しチェーンの外食産業界における地位、「小僧寿し」の標章(被告標章1、同2(イ)、(エ)及び(オ)並びに同3を指す。以下、特に断らない限り同じ。)が有する業務上の信用及び顧客吸引力の強さ、被告による被告標章2(ア)及び(ウ)の使用状況等にかんがみると、昭和五三年以降、四国地域においては、取引上現実には出所の混同を生じておらず、被告による被告標章2(ア)及び(ウ)の使用によって一般需要者が被告の商品を原告の商品と混同誤認したため、被告の販売高が増加し又は原告の販売高が減少したとはいえないのであって、被告の販売利益は、原告の商品との混同誤認に基づくものではなく、被告標章2(ア)及び(ウ)が使用されたこととは無関係に被告の営業努力等の要因によってもたらされたと考えられるから、被告が被告標章2(ア)及び(ウ)を使用したかどうかにかかわらず、原告には営業上の損害は発生していないといわなければならない。
したがって、商標法三八条一項を適用することはできない。
(二) 商標法三八条二項の規定は、商標権者はその登録商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害賠償を請求できるというものであって、商標権者に独占的な使用が認められている登録商標には一定の財産的価値があることを前提とする規定であると考えられる。
しかし、特許や実用新案は創作的な発明や考案であり、それ自体が財産的価値を有するのに対し、商標は、商品の標識であり、商品について使用され、業務上の信用を化体し顧客吸引力を蓄積することによって当該商品の売上に貢献し、財産的価値を発揮するものである。商標法が商標権者に登録商標の独占的使用を認めているのは、商標に化体されるべき財産的価値を保護し、商標使用者の業務上の信用の維持を図るためであり、商標権者に文字や図形そのものを独占させるためではない。すなわち、商標は、文字や図形そのものに財産的価値があるのではなく、業務上の信用が付着することによって財産的価値を有するに至るのであり、業務上の信用は、商標権者が商品に登録商標を使用することによって獲得されるものであって、登録されていても、業務上の信用が付着していない不使用商標や無名商標は、顧客吸引力が弱く、財産的には無価値であるか又はそれに近いが、登録されていなくても、業務上の信用の高い著名商標は、顧客吸引力が強く、財産的価値が大きいというべきである。
そこで、本件商標と「小僧寿し」の標章の財産的価値をみると、右(一)の事実に照らし、昭和五三年以降、四国地域においては、「小僧寿し」の標章は、本件商品の出所や品質を表示するものとして一般需要者の間に広く認識されており、それ自体が相当大きな顧客吸引力を有しており、一般需要者は右標章に接すれば小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの製造販売する本件商品を想起するようになっていたのに対し、本件商標は、一般需要者の間における知名度がなく、業務上の信用が化体されておらず、顧客吸引力がほとんどなかったと考えられること、小僧寿し本部は、本件商品に関して「小僧寿し」の標章を継続して使用すると共に、本件商品の品質の維持、向上に務め、強力な宣伝広告活動を展開するなどの営業努力を重ねた結果、本件商品の売上を伸ばし、右標章を著名なものとし、これに多大の財産的価値を獲得するに至ったのであり、その経緯には公正な競業秩序を害するような事情はみられないことなどにかんがみると、昭和五三年以降、四国地域においては、本件商標には財産的価値がほとんどなく、「小僧寿し」の標章の財産的価値は相当大きなものであったということができる。更に、被告は主として被告標章1及び3を使用しており、被告標章2(ア)及び(ウ)は副次的に使用されることがあったに過ぎないこと、「小僧寿し」の標章(但し、被告標章3を除く。)だけでなく被告標章2(ア)及び(ウ)も小僧寿し本部の商号又は小僧寿しチェーンの営業表示の略称とみる余地があり、両者の差異は、主として、前者が右商号又は営業表示の略称として著名であったのに対し、後者が著名でなかったという点にあることを併せ考えると、一般需要者が本件商品を購入する場合、通常「小僧寿し」の標章に着目するのであって、特に被告標章2(ア)及び(ウ)に着目するとは考えられないから、右各標章は本件商品の購買動機の形成に寄与しておらず、財産的価値はなかったということができる。
したがって、損害の公平な分担を基本理念とする商標法三八条二項を適用するのは相当ではないといわなければならない。
(三) 以上のとおりであるから、抗弁4(専用使用権の設定)について判断するまでもなく、原告の損害賠償請求は認められない。
第二和解契約に基づく履行請求について
一請求原因7(一)の事実(本件和解契約の成立)は、当事者間に争いがない。
二請求原因7(二)(本件和解契約の趣旨)について検討する。
1 右一の争いのない事実のほか、<書証番号略>、証人山木益次、同河合誠三及び同林篤爾の各証言並びに原告(第一回)及び被告各代表者尋問の結果によると、次の事実が認められる。
(一) 原告代表者長﨑功祐(以下「長﨑」という。)は、小僧寿し本部に対し、昭和五二年三月ころ、本件商標は原告の商標であるから無断でこれを使用されると困る旨申し入れ、同年五月二日、原告本社において、山木に対し、本件商標の使用料として小僧寿し本部の加盟店一店舗当たり一か月一万円を支払うよう要求した。
(二) 山木は、右(一)の使用料の額は小僧寿し本部の目標とする利益の額に相当し、小僧寿し本部がこれを負担することはできないが、小僧寿し本部から被告その他の加盟店へ提供する寿しの容器、包装紙、手堤げ袋、しょうゆ入れ、はし袋、つまようじ袋、お手ふき袋等(以下「提供物」という。)に「小僧寿し」とだけ表示したものについては、本件商標権を侵害する疑いがあるので、右表示を除去しなければならないなどと考え、長﨑に対し、同月三一日付の手紙で、小僧寿し本部が右使用料を支払うことはできないこと、加盟店が右使用料を負担することについては加盟店の意見が分かれていること、小僧寿しチェーンでは重要な事項は理事会で決定されるので、約三か月の猶予期間を得て本件商標権の侵害に当たるものを消去したいと考えていることを伝え、その後同年六月一八日にも原告側弁護士岡時壽(以下「岡」という。)方で長﨑と会ったが、交渉内容に進展はなかった。
(三) 小僧寿し本部企画本部長であった河合誠三(以下「河合」という。)は、同年八月終わりか九月初めころ、山木から原告との交渉を担当するよう指示され、同年九月一〇日及び同月一三日に長﨑と会い、長﨑から、本件商標の使用料として、右(一)のほか、一〇年間にわたって毎年三〇〇〇万円で合計三億円、それが無理なら、毎年二〇〇〇万円で合計二億円、あるいは、右使用料を一〇年間で合計一億円とするが、無利息で一億円を五年間据置で六年目以降二〇〇〇万円ずつ返済する約定で貸してもらいたい旨の要求をされたが、同年一一月五日、山木と共に長﨑を訪ねて右要求を拒絶し、その後、小僧寿しチェーンの最高意思決定機関である理事会において弁護士に任せることになり、弁護士井出勲(以下「井出」という。)に原告との交渉を依頼した。
(四) 井出は、原告との間で何とか話をまとめたいと考え、同月三〇日原告に対して委任状を送付した上、同年一二月初めから昭和五三年一月にかけて長﨑と三、四回交渉を重ねた末、大筋において合意に達したものと判断し、その合意の内容に沿って和解原案を作成し、同年二月六日これを長﨑に送付した。長﨑は、同月一〇日、右和解原案を岡に検討してもらい、岡による次の(五)のとおりの修正を経て、同月一七日、岡の立会いのもとで、井出にも右修正箇所について了承を得た上、本件和解契約を締結した。その際、岡は、これで本件和解契約締結以前のことについては全部解決したが、小僧寿し本部が将来本件商標を使用したいというのであれば、長﨑との間に立ってその交渉をあっせんする旨述べた。
(五) 岡は、右和解原案につき、三項中に「商標使用の代償として」とあったのを「商標無断使用の代償として」に訂正し、四項中に「登記した商号『小僧寿し本部』なる専用権」とあったのを「登記した商号『株式会社小僧寿し本部』」に、「登録商標『小僧』なる専用権」とあったのを「登録商標『小僧』」にそれぞれ変更し、五項に「今後、右の登録商標、又は登記商号に関して疑義、あるいは紛争が生じた場合は、双方が協議の上、話し合いを以て円満に解決するものとする。」とあったのを削除した。
(六) 山木及び河合は、本件和解証書一、二項の趣旨につき、提供物から「小僧寿し」のみの表示を除去することを意味すると考え、店舗の看板については、加盟店には「全国チェーン小僧寿し○○店」という看板を掲げるよう指示しており、この看板は加盟店の一店舗であることを表示するものであるから、現状のままでよいことになったものと理解していた。
(七) 小僧寿し本部は、同年二月二七日原告に対し本件和解証書三項の五〇〇万円を支払ったほか、同年四月末には本件和解証書一、二項に基づいて提供物から「小僧寿し」のみの表示を除去した。その後、約二年間原告から何らの申入れもなかったが、昭和五五年一月初めころに至って、原告監査役兼社長室長林篤爾(以下「林」という。)から井出に対し、小僧寿し本部に相当の使用料を払って本件商標を使用してもらえるようあっせんしてもらいたい旨の依頼があり、河合の意向を受けた井出が林や長﨑と四、五回会って交渉したが、使用料に関して折合いがつかず、交渉は成立しなかった。
2 <書証番号略>(昭和五九年二月九日)、<書証番号略>(同年四月一二日)、<書証番号略>(同年九月二八日)、原告代表者尋問(第一回。昭和六〇年二月二五日及び同年六月一〇日)における長﨑の各供述の内容は、概ね、(1)山木は、昭和五二年五月二日、本件商標権を侵害して申し訳ないが、「小僧寿し」の名称で広範囲に店舗を展開しているので、何とか右名称を使用させて欲しい旨述べた、(2)山木は、同年六月一八日、岡方において、「小僧寿し」の表示は本件商標権の侵害に当たるので、提供物から右表示を除去しており、最終的に同年九月の理事会で右表示を使用しないことになれば、「愛僧」又は「ハーティ&ハーティ」の表示に変更するので、右理事会まで待って欲しい旨述べた、(3)山木は、同年八月二二日、小僧寿し本部の研修センターにおいて、「小僧寿し」の名称を使用するかどうかは最終的には理事会で決定されるが、山木としては右名称を使用したいので、右名称の使用、不使用にかかわらず、毎年三〇〇〇万円を一〇年間にわたって支払う旨述べた、(4)山木は、同年一一月五日、原告本社において、理事会で使用料を支払わないことになったので、右名称を使用できなくなったが、看板を変更するためには一店舗につき五万円、二〇〇〇店で一億円を要するので、しばらく猶予して欲しい旨述べた、(5)以上のような山木との交渉の経緯を踏まえて締結された本件和解契約において、小僧寿し本部は、昭和五三年四月末日までに加盟店の看板から「小僧寿し」の表示を除去し、同年五月以降はこれを使用しないことを約した、というものである。そこで、その信用性について判断する。
(一) まず、山木との交渉の経緯に関する長﨑の供述並びにこれに沿う林及び岡の各証言について検討する。
(1) 長﨑は、山木と会った回数及び時期等について、<書証番号略>では、山木とは岡方及び研修センターで合計二回会ったと記憶しており(もっとも、原告本社でも会ったかのように述べている箇所もある。)、右1(二)の手紙を受領する前には山木と会ったことはなく、電話で河合に対し右1(一)の使用料を要求した後に岡方で山木と会ったが、その時期が右手紙中に記載された九月の全国大会の前か後かは覚えていない旨供述し、<書証番号略>では、山木とは、昭和五二年六月一八日岡方、同年八月二二日研修センター及び同年一〇月五日ころ原告本社で、合計三回会っており、右手紙の受領前には河合と会ったが、山木とは会っておらず電話で話しただけであると思う旨供述し、<書証番号略>及び原告代表者尋問(第一回。特に断らない限り、以下同じ。)では、山木と会ったのは合計四回であり、右手紙を受領する前の同年五月二日にも原告本社で会っているし、右三回のうち一〇月は一一月の誤りである旨供述しており、<書証番号略>に至るまでの供述内容にはかなりの変遷がある。また、山木との話の内容についても、<書証番号略>以前の供述は必ずしも明確でない箇所が少なくないにもかかわらず、<書証番号略>以降では供述内容が明確になり大筋において一貫している。
長﨑は、原告代表者尋問(第二回)によると、本件商標は原告の登録商標「入船」に次ぐ重要な商標であると認識していたと認められ、これを前提とすると、右のような供述の変遷は直ちに首肯し難いといわざるを得ない。もっとも、長﨑は、<書証番号略>によると、手帳の記載に基づいて記憶を喚起したというのであるが、<書証番号略>の供述のときから右手帳を見ていたと述べており、そうすると右手帳を見ていても右のとおり供述内容があいまいで変遷していたことになる上、右手帳には予定と結果の両方を記載しているとも述べているので、長﨑が経験した事柄をその都度正確に右手帳に記載していたかどうかは疑わしいというべきであり、結局、右手帳は長﨑の記憶の正確性を保障するものではなく、長﨑の供述がどの程度正確な記憶に基づいているのか甚だ疑問であるし、長﨑がどのように記憶を喚起したのかが不明であるのに、その供述内容が後になって明確になっているのは不自然であるといわなければならない。
(2) 次に、長﨑は、原告代表者尋問において、昭和五二年五月二日初めて山木と会った際、山木に対し「小僧寿し」の表示は本件商標権を侵害しているので右表示を使用されると困ると言うと、山木は本件商標権を侵害して申し訳ないと述べた旨供述している。
しかし、山木は、昭和五二年五月初め長﨑と初めて会った際、長﨑は本件商標を右1(一)の使用料で使用して欲しい旨の話ばかりであり、商標権を侵害しているから本件商標を使用しないで欲しいとの話は全く出なかった旨、長﨑の右供述と異なる証言をしているので勘案するに、長﨑は、原告代表者尋問において、当初から使用料について交渉しようと考えていたわけではないが、山木から「小僧寿し」の表示を使用したいとの申し出があれば使用料の支払いを受けて右表示の使用を認めようという考えもあったので、初めて山木と会った際、山木から本件商標権を侵害して申し訳ないが、今更「小僧寿し」の表示を除去することは難しいので何とかこれを使わせて欲しいと言われ、使用料を要求することにした旨供述しているものの、<書証番号略>では、当初は小僧寿し本部に本件商標を使用されると困ると考えていたが、その後使用料を要求する方針に変更したと供述しながら、その理由について明確な供述をせず、後に同様の質問をされた際にも、昭和五二年初めころには小僧寿し本部に本件商標を使用させて使用料を要求してもよいとの方針に変わったが、これについて特に積極的な理由はないと供述していたに過ぎないこと、<書証番号略>では、山木から今更右表示を変更するのは難しいと言われ、使用料を要求しようと考えたと供述していたことにかんがみると、初めて山木と会った際の状況に関する長﨑の供述は信用し難く、山木の右証言の信用性を一概に排斥することはできない。
(3) また、長﨑は、原告代表者尋問において、山木は、前記1(二)の手紙の中で、提供物については全国大会に諮らなくても小僧寿し本部が独自に「小僧寿し」の表示を除去することができるが、看板については全国大会に諮る必要がある旨記載していると供述している。
しかし、山木は、右手紙を送付する前に看板を変更する話は全くなかった旨証言しているところ、前記第一の四1で認定した事実のほか、<書証番号略>、証人山木益次の証言によると、山木は、「小僧寿し」の名称は、いつまでも小僧の謙虚な姿勢で商売をしないといけないという意味を込めたものであり、愛着があって容易に変更し難いものである上、被告その他の加盟店の看板の「小僧寿し」の表示については、店名の表示がある限り本件商標権を侵害しないと考え、右表示を変更するつもりはなかったこと、実際問題としても、看板の右表示を変更するには多大の費用と時間を要し、フランチャイザーである小僧寿し本部の一存で決められることではなかった上、昭和五二、三年当時は、小僧寿し本部の加盟店の店舗数が一〇〇〇ないし一五〇〇店となり、売上も急速に伸び、小僧寿し本部が外食産業界において有力企業としての地位を築きつつあった時期であり、このような時期に右表示を変更すると、その営業に多大の不利益をもたらすことにもなりかねなかったことが認められる。これに加え、山木が右手紙に記載した本件商標権の侵害になるものとは、右手紙中の「すべての提供物に対して商品名をカットしつつあります」との記載に照らし、提供物を意味していると考えられること、右手紙中には看板について明示した箇所はないこと、フランチャイジーである被告の代表者は「小僧寿し」の名称を変更する話は聞いたことがない旨供述していることなどを考慮すると、山木の右証言は十分信用することができる。
したがって、右手紙の内容について、長﨑の右供述のような理解をすることはできない。
(4) 長﨑は、原告代表者尋問において、山木が昭和五二年一一月五日、看板の「小僧寿し」の表示を変更するには一店舗につき五万円、二〇〇〇店で一億円を要するので、しばらく猶予して欲しいと述べた旨供述している。
しかし、これを前提とすれば、長﨑と山木との間では交渉が順調に進展していたことになり、河合が井出に交渉を依頼した理由が明らかでなくなるのであって、むしろ、理事会において、原告の要求する使用料は法外な金額であるとされ、原告との間の紛争の解決を弁護士に任せることになった旨の山木及び河合の各証言の方が自然であり、信用性が高いといえること、井出は、昭和五二年一〇月ないし一一月ころ、河合から本件商標を巡る問題の解決について依頼を受けた際、原告から本件商標権の侵害を理由として多額の使用料を要求されて困っているとの説明を受けた旨証言していること、また、前掲の<書証番号略>によると、小僧寿しチェーンの店舗数は昭和五二年五月には一〇〇〇店、昭和五三年一〇月には一五〇〇店であったと認められること、長﨑は、原告代表者尋問において、一店舗につき一万円の使用料を提示した際、約二〇〇〇店舗で約二〇〇〇万円になると考えていた旨供述していること、岡は、同年六月一八日岡方で山木が右のように述べたかのような供述をしているが、日時及び場所が長﨑の供述と異なる上、岡の供述内容は、看板の話が出て店舗数との計算をすると億単位の費用が掛かることは印象に残っているというもので、必ずしも明確なものではないこと、更に、長﨑は第一二回口頭弁論の段階に至って初めて右にいう「しばらく」とは約半年である旨供述しているが、看板から「小僧寿し」の表示が除去される時期は長﨑にとって重大な関心事で印象に残る事柄であったはずであるのに、右段階に至って初めて右供述をしたというのは不自然さを免れないことなどに照らし、山木が同年一一月五日看板を変更すると述べたとする長﨑の右供述は信用できない。
(5) また、長﨑は、提供物からの「小僧寿し」の表示の除去につき、原告代表者尋問において、山木は、昭和五二年六月一八日には提供物から「小僧寿し」の表示を除去していると述べ、同年一一月五日には既に提供物から右表示を除去したと述べた旨、及び、長﨑が井出と交渉しているころには提供物から右表示は消去されていた旨供述している。
しかし、<書証番号略>によると、小僧寿し本部が寿しの容器、お手ふき、包装紙等から「小僧寿し」の文字を除くよう依頼したのは昭和五三年二月であると認められること、河合は、第一八回口頭弁論において、提供物から右表示を除去したのは本件和解契約締結後である旨証言していること、前記1(二)の手紙には「すべての提供物に対して商品名をカットしつつあります」との記載があるが、山木は、同記載につき、実行していないが、いつでも実行できるように準備しているという趣旨である旨証言していること、いずれも<書証番号略>によると、スタンパーは昭和五二年一二月から変更されているが、これにつき、河合は、第一九回口頭弁論において、右変更は本件商標権を巡る問題とは関係がなく、以前は日付のみを表示するスタンパーを使っていたが、本件商品の製造時間を表示することのできるスタンパーを開発したので、これに変更した旨証言していることなどに徴すると、小僧寿し本部が本件商標権との関係で提供物から「小僧寿し」の表示を除去し始めたのは本件和解契約締結後であると認められ、これに反する長﨑の右供述には信用性がないといわなければならない。
(6) その他、長﨑は、山木が昭和五二年八月二二日研修センターにおいて、「小僧寿し」の名称を使用するか否かを問わず、一〇年間にわたって毎年三〇〇〇万円の使用料を支払うと提案した旨供述しているが、山木は右同日に長﨑と会ったことを明確に否定し、河合及び井出も右同日に山木が長﨑と会ったことは知らないと述べている上、山木が本件商標を使用するか否かを問わず使用料を支払うと提案したというのは、その内容自体不自然であり、山木が「小僧寿し」の名称に愛着を抱いていたことを考慮しても、右提案には合理性がなく、山木が右提案をしたとは考え難い点、長﨑は、<書証番号略>において、山木が右のとおり毎年三〇〇〇万円を支払うと言った後、全く連絡をせず放置し、突然前記1(四)のとおり委任状を送付されたので、腹立たしい思いをした旨供述しているが、長﨑が供述するように山木との間で看板を変更する旨の合意が成立していたのであれば、腹立たしい思いをした原因は右合意が成立したのに突然委任状を送付されたからでなければならないはずであるし、真実腹立たしい思いをしたのであれば、その原因について思い違いをするとは考え難い点など、山木との交渉の経緯に関する長﨑の供述には不自然、不合理な点が少なくない。
(7) 林は、山木と長﨑との交渉の経緯につき、第一〇回口頭弁論(昭和五九年一一月二六日)及び<書証番号略>(昭和六〇年一一月六日)において、<書証番号略>及び原告代表者尋問における長﨑の供述に沿う証言をしているが、林が山木と長﨑との交渉の場に同席したのは昭和五二年五月二日及び同年一一月五日の二回だけであり、同年六月一八日及び同年八月二二日の交渉の状況については後で長﨑から聞いたというに過ぎないこと、林は、長﨑と遠縁にあたる幼なじみであり、長﨑に誘われて原告に入社したこと、林の右証言はいずれも<書証番号略>における長﨑の供述の後のものであることなどを考慮すると、林の右証言はいずれも長﨑の供述の裏付けにはならないというべきである。
(二) 次に、本件和解契約の内容に関する長﨑の供述並びにこれに沿う林及び岡らの各証言について検討する。
(1) まず、長﨑は、本件和解証書一、二項は看板も含めて「小僧寿し」の表示を昭和五三年四月末日までに除去することを定めたものと考えていた旨供述している。
長﨑は、右供述の根拠として、①井出が商号は使うが商標は絶対に使わないと言っていたこと、②井出が山木から「愛僧」又は「ハーティ&ハーティ」の名称に変えると聞いていると言っていたこと、③山木が商標として使用しないというのは看板を変更することであると言っていたことなどを挙げている。しかし、右①について、井出は、長﨑との間で看板に表示された「小僧寿し」は商号であるという合意が得られていたので、本件和解証書一項には看板を除去するという合意は含まれていない旨供述していること、右②及び③については、右(一)(3)のとおり山木は「小僧寿し」の表示や看板を変更することは考えていなかったのであり、その後山木が翻意したことを窺わせる事情も証拠上存在しないことなどに徴すると、右①ないし③はいずれも長﨑の右供述の根拠とはなり得ないというべきである。
また、長﨑は、<書証番号略>において、井出にはそれまでの交渉の経緯については昭和五二年一一月五日の山木からの申し出も含めて全部話して確認しており、看板を変更するという前提で井出と話を進めた旨供述し、林もこれに沿う証言をしているが、山木が看板を変更すると約した事実を認めることはできないことのほか、井出は、長﨑との間で、提供物における「小僧寿し」の表示が本件商標権の侵害に当たることについては意見が一致していたが、看板を変更する話はなかった旨証言していることなどに徴すると、井出が看板を変更することを前提として長﨑との交渉を進めたと認めることはできない。
したがって、本件和解契約の趣旨として看板から「小僧寿し」の表示を除去することが含まれていたとする長﨑の右供述のみでは、その供述内容のとおりの事実を認めることはできない。
(2) 次に、岡は、本件和解証書一、二項には看板を変更する趣旨が含まれていると理解し、同四項に「株式会社」を挿入したのは、商号が商標的に使用されるのを防ぐためであり、商号を適法に本来の用法に従って使用するというのは、「小僧寿し本部」や「小僧寿し」という表示は許されないし、「株式会社小僧寿し本部」と表示してあっても「小僧寿し」の文字だけが目立つような態様の表示であれば許されないという趣旨に理解していた旨証言しており、長﨑は、同四項について、岡が「小僧寿し」という看板がなくなり、商号として使用するだけであるから、これでよいと説明した旨供述している。
しかし、前記1(四)、(五)で認定した事実のほか、前掲の<書証番号略>によると、岡は、井出に対し、小僧寿し本部が株式会社であることを確認し、そうであれば「株式会社」を挿入しようと述べただけであり、その趣旨について右のような詳しい説明はしなかったこと、井出は、商号が商標と重なり合う部分が出て来た場合には、後日話合いによって解決しようと考え、和解原案の条項として前記1(五)のとおり五項を含めていたことなどが認められ、これらの事実にかんがみると、本件和解証書四項に「株式会社」を挿入されたことが看板を変更する旨の合意があったことの根拠になるとはいえない。また、本件和解契約を締結した際の前記1(四)の岡の発言につき、岡は、小僧寿し本部が看板を変更するのは無駄なことであるから、将来本件商標を使用したいというのであれば、その交渉のあっせんをするという趣旨であった旨供述しているが、これに対し、井出は、看板ではなく、提供物に本件商標を使用することについての発言であると受け取った旨供述しており、これらの供述を対比して考えると、岡と井出とが本件和解証書の条項をそれぞれ異なった意味に解釈していた可能性が高い。したがって、岡と井出との間では看板の「小僧寿し」の表示を除去するかどうかについて認識の相違があったといわなければならない。
(3) 林は、本件和解証書四項(厳密には証人尋問では四項、<書証番号略>では一、四項)には看板を変更する合意が含まれており、井出もこれを了解していると長﨑から聞いた旨証言しているが、これは長﨑の理解を前提とするものに過ぎないから、長﨑の供述の裏付けにはならない。
また、長﨑は、原告代表者尋問において、井出から送付された和解原案について、岡が、看板から「小僧寿し」の表示は除去されるし、登記された「株式会社小僧寿し本部」の商号まで変更することは要求できないので、この辺りで和解した方がよいと述べた旨供述している。しかし、長﨑は、<書証番号略>において、長﨑が岡に対し昭和五二年一一月五日までの山木との交渉の経緯を話していたので、岡がこれを前提として和解原案を解釈して右のとおり述べた旨供述している上、岡も、長﨑と井出との間で看板の「小僧寿し」の名称を他の名称に変更することなどについて合意が成立していたので、これを前提として井出作成の和解原案を検討した旨証言しているので、結局、岡の右発言も、長﨑の認識を前提としているに過ぎない。
なお、江口俊夫は、長﨑から本件商標に関する鑑定を依頼された際、小僧寿し本部が、「小僧寿し」の表示を除去し、商号である「株式会社小僧寿し本部」の表示を使用する旨の本件和解契約を遵守していないとの説明を受けた旨証言しているが、これも長﨑がそのように説明したというに過ぎない。
(三) 結局、山木と交渉を始めてから本件和解契約が成立するまでの経緯に関する長﨑の供述は、他の関係証拠によって裏付けられていない限り信用できず、林及び岡らの各証言はいずれも長﨑の右供述の裏付けにはならないというべきであり、他に本件和解契約において原告と小僧寿し本部との間で看板から「小僧寿し」のみの表示を除去する旨の合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
なお、山木は、本件和解契約において、提供物から「小僧寿し」のみの表示を除去するが、看板については当時の現状のまま使用してよいことになった旨証言し、河合及び井出も同旨の証言をしているが、右各証言は必ずしも首肯できない。すなわち、井出は、その根拠として、井出が長﨑に対して看板の「小僧寿し」の表示は商号としての使用であると主張したが、それ以上の議論が出なかったことや、長﨑に対し、原告が小僧寿し本部に看板の変更を求めるのであれば和解に応じられず、法的手段を採ってもらわないといけない旨述べると、長﨑が法的手段は採らないと言ったことから、長﨑は看板については現状を了解していると思ったというのであって、右の程度では長﨑が看板を現状のまま維持することを了解していたとはいい難く、したがって、原告と小僧寿し本部との間で看板について現状を維持するとの合意が成立したと認めることはできない。
3 以上のとおりであるから、本件和解証書一、二項にいう「商標権侵害の疑いのある事実」とは、提供物に「小僧寿し」とのみ表示されていたものを意味し、被告各店舗の看板における「小僧寿し」の表示を含むものではなく、本件和解契約では、看板における右表示については何らの合意も成立していないというべきであるから、小僧寿し本部が本件和解契約によって看板における右表示を除去する義務まで負担したということはできない。また、長﨑及び岡は、本件和解契約において、小僧寿し本部が「小僧寿し」の表示を商標としては一切使用せず、「株式会社小僧寿し本部」という商号のみを使用することに合意したと理解し、他方、山木及び井出は、看板における「小僧寿し」の表示は商号又は営業表示であるが、提供物における右表示は商標であるから、提供物からは右表示を除去しなければならないと理解していたと考えられるが、本件和解契約が締結されるに至った経緯をみると、商標と商号が明確に区別されていたわけではないから、本件和解契約において小僧寿し本部が「小僧寿し」の表示を商標としては一切使用しない旨の合意が成立したと認めることもできず、そうすると、看板における右表示が商号又は営業表示であると同時に商標としての使用にも当たることを前提としても、小僧寿し本部がこれを除去する義務を負うということはできない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件和解契約に基づく履行請求には理由がない。
第三結論
原告の本訴請求は、被告標章2(ア)及び(ウ)の使用差止め及び抹消を求める限度で理由があるので認容し、その余はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する(なお、仮に本件口頭弁論終結時において被告が被告標章2(ア)及び(ウ)を使用していないとすれば、前記第一の五のとおり小僧寿しチェーンが従来の店舗を一新して現代の感覚に調和させようとしていることに照らし、将来において再び右各標章が使用されるおそれはほとんどないから、右各標章の抹消はもちろん、その使用差止めも認められないというべきであるが、被告は右各標章を被告各店舗等に使用していることを争っていないので、右の限度で原告の請求を認容した次第である。)。
(裁判長裁判官溝淵勝 裁判官佐哲生 裁判官河田充規)
別紙被告店舗一覧表<省略>